米国に多くの高齢者雇用し、高収益を実現している企業がある。約3年前にDOL特別レポートで紹介した、ステンレス製の業務用針を製造するヴァイタニードル(マサチューセッツ州ニーダム)だ。

同社は、高齢従業員が快適に働ける職場を提供することで士気や生産性を高め、2000年から約10年間で売上げを300万ドルから900万ドルへと3倍に伸ばした。高齢者雇用を始めたのは90年代初めだが、ほとんど偶然からだった。当時従業員を募集したが、人手不足で高齢者しか残されていなかったので仕方なく雇ったのだ。すると、彼らは責任感や忠誠心が高く、経験豊富で質の高い仕事をすることがわかり、積極的に雇用するようになった。高齢者は病気などで欠勤しやすいなどのリスクはあるが、すべての従業員に複数の仕事を処理できるように教育訓練して対処すれば問題ないという。

高齢者にとって働くことの意味とは <br />高齢者雇用で高収益を実現した米国企業<br />――文化人類学者のケイトリン・リンチ博士に聞くケイトリン・リンチ(Caitrin Lynch)
オーリン工科大学人類学部准教授。シカゴ大学で文化人類学の修士号、博士号を取得。米国人類学協会(AAA)会員。専門は労働、ジェンダー、高齢化政策、文化基準など。スリランカで衣料品工場の女性労働者の実態を10年以上調査し、まとめた著書『Juki Girls, Good Girls: Gender and Cultural Politics in Sri Lanka’s Global Garment Industry』は大きな反響を得た。新刊『高齢者が働くということ』は、米国人類学協会が選ぶ「書籍大賞2012」の最終選考に残った。 Photo by Takeshi Yabe

従業員約40名のうち半数は74歳以上で、80代が多い。元ウエイトレスのローザ・フィネガンさんは同社で101歳まで働き、昨年やめて老人ホームに入った。しかし、働くことで生きる意味を見出していた彼女はいま、「何のために生きているのかわからない」と話しているという。

文化人類学者のケイトリン・リンチ博士は5年の歳月をかけて、高齢者雇用で成功する同社の現場を取材。ともに働く経験をしながら、高齢者にとって働くことの意味を多面的に検証し、一冊の本『高齢者が働くということ(原題、Retirement on the line:age, work, and value in an American factory)』(ダイヤモンド社)にまとめた。

5月半ば、日本語版の出版に合わせて来日したリンチ博士にインタビューし、高齢者が働くことの意味や、高齢者雇用で成功する企業の秘密を聞いた。(聞き手/ジャーナリスト 矢部 武)

働いているから生きていられる

――ヴァイタニードル(以下、ヴァイタ)の高齢従業員たちは皆、「ここで働いているから生きていられる」と話していますが、それはなぜですか。

 米国社会では高齢者はある意味で、社会的に死んでいると思われることが多い。高齢者なんか役に立たないというわけです。でも、ヴァイタは、よそであれば非生産的で役立たずで「目に見えない」存在だとみなさてしまうかもしれない人たちを積極的に雇用し、お金だけでなく、生きがい、つながりなどを得る機会を提供しています。

 同社の従業員がそういう表現を繰り返す時、彼らは働くことと、生きることを具体的に結びつけているのです。