卸しメーカーは商品のプロデューサーであるだけではなく、高い品質を守るために細心の注意を払っている。効率が悪い気がするが、分業制は多くの人の手を通ることにより、粗悪な品が出てくるのを防ぐシステムであり、それが堺の包丁の質を保証してきたという側面はある。

「そやからうちは日本で一番在庫がある店違いますか」

 冗談ではなく、真面目な口調で信田専務はそう言った。

和泉利器製作所の信田専務。ほがらかな大阪弁で、包丁について説明してくれた

「海外では日本の包丁の評価は定着してますね。僕もここがなければ海外で包丁屋をやったほうが儲かるんちゃいますか。でも、日本の包丁、言うて売ってるところもありますけど、経営してるのは中国人というケースもあるんで、例えば研ぐというところをはじめ、メンテナンスまでちゃんと情報発信できてないんです。そこのところは今後の課題ですね」

 信田専務はスペインで開かれたマドリッドフュージョンという世界最大級の食の学会で、日本の包丁をPRしてきたばかり。歴史ある会社を引き継いでいくのは大変な苦労があると思う。

 先にも触れたように、日本の包丁の需要が先細りしていっているという現状があるからだ。

飲食店で働く人は増えているのに
プロ用の包丁の需要が増えない現状

この箱に入っているのはすべて商品。そちらは写真撮影不可だったが、建物にはこんな風に在庫商品が並んだ棚がいくつもある

 和包丁を家庭で見かけることはまずなくなった。かつては出刃包丁の一本くらいは家にあったのかもしれないが、魚を切り身で買ってくることが増えた今では家に備える必要性もないのだろう。

 では、プロ用としての需要はどうか、というと、それも明るい材料はない。堺市が公表している数字によると平成18年度に9.31億円だった生産額は、平成20年度には6.1億円まで減少。わずか2年で3億円も数字が下がるということは相当なものだ。それにあわせて従業者数も332人から290人と減少している(堺刃物商工業協同組合連合会調べより)。深刻な不況で料亭などの閉店が相次いでいることなどが、その理由として挙げている。

 総務省「経済センサス・基礎調査」によると飲食業界で働く人の数自体は増加している。にもかかわらずプロ用の包丁が売れないのは零細な小規模店が減少し、一店舗当り従業員の多い大型のお店が増えたことがその理由だ。セントラルキッチンなどを備えた店では必要なのはパックされた袋を切る『はさみ』くらいなのだろう。

 例えば飲食店のなかでもっと早い速度で減少し続けているのは「すし店」である。反面、大型の回転寿司などは増加傾向にある、とのこと。回転寿司店などでは切られたネタを各店鋪に供給しているため包丁の必要性はやはり高くない。

 後継者の問題等もあり、和包丁の未来は明るいものとは言えない。本連載のタイトルどおり、遺産化する日も遠くないかもしれない。業界全体の仕組みをどこかで変えていかなければならないのだろう。それも包丁文化を支える職人がもっと報われる形で。