橘玲の日々刻々 2014年6月9日

「表現の自由」を守って似非科学を擁護したことで
エイズの蔓延を引き起した悲劇
[橘玲の日々刻々]

 アメリカでは、「エイズの原因はHIVウイルスではない」という似非科学が問題になっています。その中心にいるのはトンデモ科学者ではなく、がん遺伝子の研究で大きな成果をあげ、米国科学アカデミー会員に選ばれた超一流の分子生物学者です。「エイズはドラッグの使用や貧困が原因だ」という彼の説は専門家にはまったく相手にされませんが、「異説を述べるのは表現の自由だ」と(自称)知識人が擁護し、「エイズはゲイや黒人を絶滅させるためにつくられた」という陰謀論と融合して広まっていきます。

 エイズ否認主義に共感したのが南アフリカのムベキ大統領で、2000年の大統領エイズ諮問委員会に否認主義の学者を加えて、HIVウイルス説と「公平に」扱いました。その結果保健相は、抗レトロウイルス薬を毒物だとしてエイズ患者の治療に使うことを許可せず、似非科学がエイズ治療薬とするビタミン剤を勧めました。ムベキがエイズ否認主義に傾斜したのは無知だからではなく、「エイズはアフリカへの偏見だ」という(彼の考える)正義に合致していたからです。

 南アフリカではいま、1日にほぼ800人がエイズで死亡し、1000人が新たにHIVに感染し、産婦人科を訪れた妊婦の3割がHIV検査で陽性と診断されています。これが、表現の自由を守って似非科学を擁護した代償なのです。

参考文献:セス・C・カリッチマン『エイズを弄ぶ人々』

『週刊プレイボーイ』2014年6月2日発売号に掲載
 

   

 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)などがある。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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