橘玲の世界投資見聞録 2014年6月12日

「エイズの原因はHIVウィルスではない」という似非科学は
いかに生まれ、不幸を招いたのか
[橘玲の世界投資見聞録]

デューズバーグ擁護派が唱えたこと

 エイズ否認主義はなぜ蔓延したのか。これについてカリッチマンはいくつかの要因を挙げているが、ひとつは「専門家」や「知識人」と称されるひとのなかに一定の理解者を獲得したことだ。

 カリッチマンによると、エイズ否認主義のシンボルとなったデューズバーグは疑り深く、辛辣な皮肉屋で、論争では情け容赦なく、業界では徹底して嫌われていた。だがその一方で、科学論争以外の場ではフランクで冗談もいい、人づきあいが好かった。そのため、エイズとHIVの関係を否定したデューズバーグが科学者としての名声を失い、助成金も受けられなくなると、友人や知人のあいだから彼を擁護する声があがりはじめた。

 擁護派グループのひとつはドイツ系アメリカ人の知識人で、歴史学者のような門外漢のほかに、連邦病院の院長や生化学・ウイルス学・腫瘍学の教授など医学の専門家も多かった。彼らはデューズバーグに“ドイツ同胞”という親近感を覚え、仲間が不当に攻撃されていると考えた。

 もうひとつの擁護グループは、カリフォルニア大学バークレー校でデューズバーグと面識のあった学者たちで、分子生物学の博士号取得者のほかに高名な数学者や法律学者などがいた。彼らは、友人の苦境を見逃すことはできないと思ったのだ。

 デューズバーグの擁護派はエイズ否認主義を唱えたのではなく、“良心的知識人”として異論にも耳を傾けるべきだと主張した。全米科学アカデミー会員であるデューズバーグの業績については衆目の一致するところで、それほどの学者(そのうえドイツの同胞や友人でもある)が真剣に主張することには一片の真実があるはずだ。あるいは仮に間違っているとしても、なんらかの科学的・社会的意義があるに違いない、というのだ。

 擁護者たちは(科学)メディアにデューズバーグの主張を正当に紹介するよう訴え、エイズの専門家に対しては同じ土俵に上がって議論すべきだと批判した。

 擁護論がちからを増したのには、エイズという病気の特殊性もある。

 エイズ否認論者の多くはHIVウイルスだけでなく、エイズがウイルスによる感染症であること自体を否定している。彼らによれば、エイズの原因はドラッグなどの薬物や貧困による栄養不足などの環境要因なのだ(さらには、エイズ治療薬がエイズの原因だという説もある)。

 エイズが感染症であることは、コンドームの使用や注射針の交換で感染・発症率が大きく下がることから医学的(統計学的)に証明されている。だが擁護派は、自分自身が科学者であるにもかかわらず、「統計的な説明では完全な証明になっていない」と反論する。自分に甘く相手に厳しい彼らが求めているのは、完全無欠の因果論的な説明なのだ。

 「純粋なHIVウイルスはまだ発見されていない」とか、「エイズの原因がHIVウイルスならばなぜワクチンができないのか」というのもエイズ否認主義の常套句だ。

 レトロウイルスは天然痘などのウイルスとちがって変異が早く、もともと「純粋なウイルス」などというものは存在しない。また正常細胞と一体化してしまうため、現在にいたっても完全なワクチンは開発されていない(その代わり、抗レトロウイルス薬によってエイズの発症や母子感染を防ぐことができる)。

 だがエイズ否認論者はこうした科学的な説明をすべて無視して、「ワクチンができないのはエイズの原因がウイルスではないからだ(すくなくともその可能性はある)」と主張する。そしてこのわかりやすい理屈は、科学にうとい一般人だけではなく、専門外の科学者(知識人)にも一定の影響力を及ぼす。レトロウイルスの構造について正確に理解している者など、専門の研究者以外には、科学者のなかにもほとんどいないのだ。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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