橘玲の世界投資見聞録 2014年6月19日

製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく
-論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇--
[橘玲の世界投資見聞録]

日本に「うつ」を認知させたのは皇太子妃

 日本ではそれまで、軽いうつは重度の躁うつ病とは区別され、「メランコリー」と呼ばれていた。これは1960年代初頭にドイツの臨床精神病理学者テレンバッハが提唱した「メランコリー親和型性格」に由来し、アメリカではまったく相手にされなかったものの日本では広く受け入れられた。メランコリーが、真面目・勤勉で思慮深く、他人や社会全体の幸福に強い関心を示し、秩序を求め、「並はずれて高い目標を自分に課す」人格特性とされたためだ。日本では軽うつ(メランコリー)は病気ではく、望ましい性格と見なされたのだ。

 これに対して製薬会社は、「うつ病は治療が必要な病気だ」という大キャンペーンを張る。だがそれはきわめて巧妙で、ソフィスティケイトされたものだった。

 GSKのうつ病啓発CMでは、女優の木村多江が「いつからですか? いつから我慢してるんですか?」と呼びかける。そして画面が変わり、「うつは1カ月、辛かったらお医者さんへ。それ以上我慢しないでください」というナレーションが流れる。

 女優・木の実ナナが『私は、バリバリの「鬱」です』と告白する塩野義製薬の広告では、うつ病への理解促進とともに、新薬の臨床試験の被験者が募集された。

 これは日本では、特定の処方薬について宣伝することができなかったためで、各企業は公共広告の名のもとに、精神的な苦痛を感じているひとに専門医への受診を進めたのだ。

 こうした啓発戦略はマスコミの目の引き、雑誌や新聞・テレビなどでビジネスマンや女性の軽うつが「病気」として取り上げられることが増えてきた。90年代の日本で急速にうつについての「グローバルな理解」が広まったのは、長引く不況によって個人も国家も自信を失っているという背景があった。そしてなにより、日本人に「うつ」という病気の存在を知らしめたのは皇太子妃をめぐる報道だった。

 かつて日本にはアメリカのようなうつ病はなく、抗うつ病の市場もないとされていた。ところがGSKがパキシルを売り出してわずか数年で、忽然とメガマーケットが出現したのだ。

 その結果、日本で「うつ病」と診断されるひとが急増する。しかしこれは、日本だけの現象ではない。

 世界でもっともうつ病の多い国は北欧のスウェーデンで、長く厳しい冬のせいだとされていたが、実はスウェーデンはアメリカ以上に抗うつ剤の処方量の多い国だ。抗うつ剤が普及するとうつ病が増える現象は、イギリスやカナダ、オーストラリアでも確認されており、逆に治験の厳しさでSSRIの承認が遅れたドイツやイタリアではうつ病の罹患率も低い(冨高辰一郎『なぜうつ病の人が増えたのか』幻冬舎ルネッサンス新書)。

 製薬会社はまず「こころの病」をつくりだし、それから病気を治療する薬を大々的に販売するのだ。

製薬会社のキャンペーンによってこころの病が増える

『クレイジー・ライク・アメリカ』には、ウィスコンシン大学の人類学者、カルマン・アップルバウムによる興味深いフィールドワークが紹介されている。アップルバウムの研究対象は伝統的社会ではなく、現代の資本主義社会だ。大手製薬会社が日本にSSRIを売り込もうとしていると聞くと、彼は格好のフィールドワークの対象だと考えた。

 アップルバウムのインタビューに、製薬会社の役員たちは驚くほど正直に本心を語った。それは彼らが、「自分たちが世界を救おうとしているとまっすぐに信じている」からだ。

 アップルバウムはいう。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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