橘玲の世界投資見聞録 2014年6月19日

製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく
-論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇--
[橘玲の世界投資見聞録]

 「製薬会社はほかのどの業界よりも、マーケティングキャンペーンが倫理的な方針と直結しています。結果、病気を『儲けるチャンス』とみる利潤追求の考え方と、不安定な状態にある人類の健康を救おうという倫理観が結びつくことになります。これにより、相当に強引なマーケティングをしている者でさえ、自分は社会に奉仕しているのだ、と信じきってしまうのです」

 製薬会社は、「根拠のない科学」とされたものを「先進国の医学」に変えることによって、錬金術のように富を生み出す。彼らが信奉しているのは、社会進化論ともいうべき“欧米中心史観”だ。

〈製薬会社の役員たちとの会話のなかで、アップルバウムは、彼らが一様に、進化の方向はあらかじめ決まっていて、各文化がその諸々の段階にいるかのような発言をするのを耳にした。異なる文化は既定のレールに沿って進む途上にあるのだ、と。
 アメリカの医薬品市場は、商品の認知度や(専門家および非専門家による)処方率の高さや自由価格競争において進歩的であり、日本は15年遅れている、とみな等しく口にした。中国は日本よりさらに5年遅れているのだという。
 利益のあがるアメリカ市場は、ほかのすべての市場を計る物差しになっていた。アメリカの文化は最も「進化」しており、我々の仕事は「この進化を加速させる」こと、つまり、他国にも自分たちと同じような道を歩ませることであると、ある役員はアップルバウムに語った。
(『クレイジー・ライク・アメリカ』)〉

 アメリカでSSRIが大成功したあと、それはカナダやオーストラリア、イギリス、フランス、スウェーデンへと広がっていった。製薬会社は製品化の課程で作成したマニュアルを各国に配布するとともに、「進歩的」な国で使った広告手法も輸出したからだ。日本にSSRIの巨大マーケットが誕生するのは時間の問題だったのだ。

 こうして日本人も、アメリカ人と同じようにこころを病まなければならなくなった。

SSRIはうつ病治療の画期的な新薬なのか

 SSRIは、うつ病を治療する画期的な新薬だとされた。それが事実なら、マーケティングの方法はどうあれ、社会的・医学的な意味はあるだろう。

 うつ病はセロトニンと呼ばれる脳内の神経伝達物質の不足によるもので、SSRIはセロトニン濃度のバランスの維持を助けるのだと製薬会社はいう。脳内の環境を物理的に変えるのではなくバランスを調整するだけだという説明は、患者の警戒感をゆるめ、SSRIを普及させるのに必須のものだった。

 うつ病がセロトニン不足によるものだという学説は、自殺者の脳やうつ病患者の髄液中にセロトニンレベルの低下が見られた、という1950年代の発見に依拠している。ところがその後、より感度の高い装置と測定法を使った追試では逆の結果が示され、1970年頃には発見者自身がセロトニンの減少とうつ病に関連性はないと認めてしまった。いまではアメリカ精神医学協会が出版した『臨床精神医学』にも、セロトニン仮説は裏づけられていないと記されている。

 SSRIが脳内の自然なバランスを回復させるというのも根拠のない理論だ。実際には、SSRIは脳内の化学物質のバランスをむしろ広く変化させてしまう。

 それではなぜ、このようなデタラメな(追試によって否定された)理論がいまだにまかり通っているのか。それはSSRIがあまりに巨大な市場を開拓したために、大手製薬会社が科学的知識を創作し、コントロールしているからだ。

 この問題を追及しているイギリス、カーディフ大学精神医学部のデイヴィッド・ヒーリーによると、製薬会社は1970年代から臨床試験に手当たり次第に資金を提供してコントロールを及ぼすようになり、90年代半ばには超一流誌の研究の半分以上が、大学の研究者が代表らしく見せかけながら、実は製薬会社が雇った医学系論文の代筆会社の手によるものだ(デイヴィッド・ヒーリー『抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟』みすず書房)。

 製薬会社の圧力によって、専門誌に掲載されるのもSSRIの効果に肯定的なものだけだ。ところが米国食品医薬品局(FDA)に登録された臨床試験74本のうち、否定的な結果が出た試験は36本もある。さらにこれらの研究の元データを再検討したところ、SSRIを摂取した10人の被験者のうち5人にうつ病の評価尺度で改善が見られたものの、プラセボ(偽薬)を飲んだ被験者でも10人中4人が改善していた。SSRIの効果は、巷間いわれているほど目覚しいものではないのだ。

 製薬会社は、「うつ病は自殺の原因になる」として専門医への受診や抗うつ剤の服用をすすめてきた。だがデイヴィッド・ヒーリーは、SSRIの臨床試験において、20人の被験者のうち1人が服用によって非常に興奮し、状況次第で自殺に至ると警告している。

 その後のより詳細な研究では、SSRIによる興奮や攻撃性は治療初期に見られるものの、初期段階を超えれば緩和するか消える傾向があるとされる。コロンビア大学の医学部グループの研究では、SSRIは成人男性の自殺行動に予防的な効果を発揮するものの、10代の子どもでは薬を飲んだ患者が飲まなかった患者より、投薬後4カ月以内に自殺を図る傾向が著しく高いことがわかった。

 このようにSSRIは「奇跡の薬」でもなんでもなく、その効果は贔屓目に見ても、従来の三環系抗うつ剤と同じようなものだ。ただSSRIには、ひとつだけ大きな魅力がある。既存の抗うつ剤に比べて薬価がとんでもなく高いのだ。

 近代医学が人類の幸福や社会の厚生に大きな貢献をしたことは間違いない。しかしいまやクスリのマーケットはあまりにも巨大になりすぎて、製薬会社も研究者もコントロールすることが難しくなっている。

 日本における昨今の論文捏造問題は、こうした現状の氷山の一角ということなのだろう。

 

 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)などがある。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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