橘玲の世界投資見聞録 2014年7月3日

拒食症とPTSDから分かる、
誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代
[橘玲の世界投資見聞録]

 思春期の女性は、家族・友人関係や恋愛、将来への不安などで不安的な精神状態に置かれていて、自分のこころの苦しみを周囲のひとに認めてもらいたい、という無意識の願望を抱いている。そんなときに、医学的に権威づけられた都合のいい「病名」があると、その説明能力に引きつけられて“病気”を発症するようになるのだ。

 ウォッターズはこのことを、「患者が心理的苦痛を表現しようというときは、その時代の症状の「貯蔵庫」からもっとも適したものを選ぶ」のだという。

 患者は曖昧で言葉にできず、歯がゆいやっかいな感情や心のなかの葛藤を、その時代の文化で“苦痛のサイン”として認識されている症状や行動に変えることで軽減しようとしている。だからこそ、その症状があまりにありふれたものになると「発病」の意味がなくなって病気そのものがなくなってしまうのだ。

「文化的な病」であるから「病気は増やせる」

 拒食症が文化的な病であるのなら、地域によって現われ方が異なったり、流行り廃りがあるのも当然だ。

 すっかり忘れられていた拒食症が欧米でふたたび注目されるようになったのは1983年2月4日からだった。この日、人気歌手のカレン・カーペンターが拒食症による心不全で死亡したのだ。

 香港において、欧米型の拒食症が爆発的に広まることになった日付も特定することができる。こちらは1994年11月24日で、主役はそれまでまったく無名だったシャーリーン・チーインという14歳の中学生だ。シャーリーンは学校で気分が悪くなり帰宅する途中、ビジネス街の真ん中で倒れ、病院に運び込まれたもののそのまま死亡した。

 シャーリーンが痩せはじめたのはその年の夏前だが、わずか4カ月ほどで彼女は見る影もなく変わり果てていた。

 体重は34キロしかなく、副腎、甲状腺、腎臓、胃などあらゆる臓器が萎縮し、心臓の重さはたった84グラムだった。通学鞄から生徒手帳を見つけた警官は、彼女が健康的な笑顔の少女と同一人物だとは信じられなかった。シャーリーンが運び込まれた病院の看護士は最初、担架に横たわるやせ細った身体をみて老女の遺体だと思った。

 この衝撃的な事件を香港のメディアは大々的に報じた。

 1994年といえば中国の天安門事件から5年で、3年後には香港はその中国に返還されることになっていた。カナダやオーストラリア、ニュージーランドへと移民するひとたちが列をなし、香港社会は大きく動揺していた。そんなとき、この世紀末的な事件はひとびとのこころを大きく揺さぶったのだ。

 「通りで死亡した少女、歩く姿は骸骨」といったセンセーショナルな見出しとともに、連日のように新聞やテレビで拒食症の詳細が報じられた。ある有力紙は、「中学教師、ソーシャルワーカー、両親、同級生は手遅れになる前に協力して、拒食症を見つけ出さなければならない」と書いた。

 それに加えて、翌95年には摂食障害を広く知らしめる世界的な事件が起きた。ダイアナ妃がBBCとのインタビューで、4年以上、過食症を患っていたことを認め、「私は救いを求めていた」と述べたのだ。

 このようにして、それまで拒食症の症例がほとんど報告されていなかった香港で、1996年には若い女性の3~10%に摂食障害の行動が見られるようになった。香港のひとびとはわずか2年のあいだに拒食症という病を欧米からまるごと輸入したのだ。

 ところで拒食症が文化的な病ならば、専門家がそれを「病気」と見なすことで病気を増やしているのではないだろうか。ウォッターズはこの疑問を、イギリスの著名な摂食障害の教育専門家にぶつけてみた。

 彼は「そう懸念したこともあります」と率直にこたえた。

 「この病気のおかげで、私は冠(かんむり)口座を持つ終身教授の地位を築きました。さて、私は人々を助けてきたのだろうか、もしかしたら傷つけてきたのではないだろうか(中略)。拒食症によって多くの少女たちがアイデンティティ――それも時には致命的なもの――を確立するのと同じように、私もそれを確立したのだということは、認めざるを得ません」

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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