橘玲の世界投資見聞録 2014年7月3日

拒食症とPTSDから分かる、
誰もが「アメリカ人と同じように狂わなければならない」時代
[橘玲の世界投資見聞録]

誰もがアメリカ人と同じように苦しまなければならない…

 2004年12月26日、インドネシア西部スマトラ島沖で発生したマグニチュード9.1の地震によってスリランカを大津波が襲い、3万5000人以上の生命を奪い、83万人が被災した(インドネシアやタイなどを含む死者・行方不明者の合計は25万人以上に達した)。

 この未曾有の大災害が起きると、世界各国から救援物資がスリランカに送られ、国際緊急援助隊も相次いで到着した。そのなかには、NGOや大学、民間グループなどからなる大小さまざまなカウンセラーのチームも混じっていた。

 ベトナム戦争の帰還兵が重い神経症に苦しんだことで、トラウマによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)は欧米社会で「病気」として認知されるようになった。スマトラ沖大地震の後、専門家は生存者のうち15~20%がPTSDになり、きちんとしたカウンセリングを受けなければPTSD患者の16%が自殺を図る可能性があると警告した。欧米のカウンセラーたちは、こうした二次災害を防ぐべく被害者のメンタルケアにスリランカまでやってきたのだ。

 PTSDの症状としては思考の侵入(フラッシュバック)、記憶障害、抑えきれない不安、覚醒感などが挙げられる。小説や映画にも頻繁に取り上げられたことで、トラウマやPTSDという心理学用語は日本でも日常語になった。

 メンタルヘルスの専門家は、人間のこころにダメージを与える出来事の類型と、影響を受けやすいパーソナリティについてさまざまな仮説を組み合わせ、複雑な迷路のような世界観をつくりあげていった。そこには、トラウマに対して人間の身体がとる本能的な反応――アドレナリンの分泌や恐怖・攻撃・逃避反応など――と同じく、心的な後遺症もまた世界中のどこでも変わらないという前提があった。

 それに対して、『クレイジー・ライク・アメリカ』でウォッターズは、“こころの傷の癒し方“は文化によって異なるというカリフォルニア州立大学の心理学者の説を紹介している。

 この心理学者によれば、スリランカの癒しの風習は宗教的な伝統と結びつき、アーユルヴェーダの施術者、医者、占星術師、宗教指導者、霊媒師、信仰治療家などによる多様な医術がある。近代的医学とこうした伝統的医学のあいだに明確な線引きはできず、スリランカ人は複数の伝統的医療を受けることが多かった。

 そもそもスリランカ人のトラウマ体験はアメリカ人とは異なるのだと彼はいう。

 戦争(スリランカでは政府軍とイスラム系武装組織「タミル・イーラム解放の虎」とのあいだでずっと内戦が行なわれていた)や災害で近親者をなくしたスリランカのひとたちは、PTSD症状チェックリストにあるような心の状態(不安、恐怖、無感覚など)ではなく、関節痛や筋肉痛、胸の痛みなどの身体症状を訴えることが多かった。

 このちがいは、欧米ではPTSDが個人のこころのなかの出来事だとされるのに対し、スリランカでは社会性と個人の精神が混ざり合っているからだと考えられる。スリランカのひとびとはトラウマではなく、近親者を失ってこれまでの社会的立場が変わったことに適応できず、さまざまな症状を訴えるようになるのだ。

 だが欧米の精神医学はこうした説明を一顧だにしない。そこには、誰もがアメリカ人と同じように苦しまなければならないという強烈なメッセージが隠されている。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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