6月はじめのiPhone日本発売の発表から7月発売時の過熱報道を経て、あらためてアップルの製品のインパクトの強さと熱狂的なファンの存在、そして社会的な話題の沸騰に印象を強くした人も多いだろう。

 これも一度アップルを追い出された創業者スティーブ・ジョブズ氏の復帰からの快進撃の一幕である。ジョブズ氏のリーダーシップのもと、感動を呼ぶ製品開発とメッセージ発信が顧客のエモーションを熱く大きなものにして、2001年に始めたデジタル音楽事業をあっというまに1兆801億円(2007年9月期、$1=100円)もの巨大事業へと育てたのである。

 今回は、このアップルを例に、エモーションを重視するメーカーの戦略について考えてみたい。

インターフェイス革命を超えた
ユーザー体験の革新こそが凄み

 iPodの成功の理由については、様々な論がある。もっとも一般的なのは、ハードのiPod、ソフトのiTunes、音楽販売のiTunesミュージックストアの組み合わせの勝利だ。文字通り、新結合によるイノベーションの典型例だ。

 低価格・薄利の音楽販売で大きな市場シェアを獲得し、ハードのiPodで儲けるというビジネス・モデルを評価する向きもある。

 しかし、最も大切な点は、ユーザーに新たな体験をもたらしたことだ。デジタルライフスタイルの実現である。iTunesでパソコンから曲を取り込んでiPodで聞くというプロセスを、分かりやすく使いやすいものとして提供したのである。

 いまでは当たり前だが、iTunes は、CDの音楽をパソコンに取り込んだり、音楽ファイルをインターネットでダウンロードしたり、曲名やアーティスト名など付加情報を取得したり、好きな曲を集めたプレイリストを作成したりできるほか、簡単にiPodとパソコンを同期できる連携を可能にした。

 アップルはユーザーの問題を解決した。それまで、多くのユーザーはMP3プレーヤーを買ってから数週間で使わなくなっていた。パソコンには何千曲もためているのに携帯型のMP3プレーヤーには10数曲しか保存できない。しかも使い勝手が悪く、望みの曲にたどり着くのが容易でなかった。ジョブズ氏は「既存のMP3プレーヤーを見ると、ソフト面を家電メーカーが理解していないことがよくわかる」(Simon, W.L. and Young, J.S.「スティーブ・ジョブズ-偶像復活」東洋経済新報社)と語っている。