信越化学工業に追い風が吹いている。米国でシェールガス革命の商機を狙い、原料からの一貫生産に大型投資を表明。半導体市場も回復の兆しを見せる。よわい88の金川千尋会長による超トップダウン経営の深層に迫った。(「週刊ダイヤモンド」編集部 柳澤里佳)

「ノー・フューチャー」。信越化学工業の金川千尋会長はかつて、尊敬する人物に言われた言葉が今でも脳裏に焼き付いている。

 その人物とは米国最大の化学会社ダウ・ケミカルのベン・ブランチ元CEO。信越の米国子会社で世界最大の塩化ビニル樹脂(塩ビ)メーカー、シンテックの取締役に金川会長が招聘した人物だ。

 さかのぼること1996年、シンテックは塩ビの生産能力を増強するに当たり、より競争力を高めようと、塩ビの主原料の一つである塩素をはじめとした中間材料も自社で生産する計画を打ち出した。

 ところが環境保護団体による反対(科学的根拠のない的外れなもの)に遭い、その計画はあえなく頓挫してしまう。

 幸い、原料調達先が供給力を増やしたことで増強は事なきを得たが、このときシンテックはすでに150万トン近い塩ビを生産し、調達する原料も膨れ上がっていた。塩ビのような汎用品は競争力のある価格で安定的に原料を確保し続けることが不可欠。この先も生産増強を続けるには、原料の確保がボトルネックになることは明白だ。ブランチ氏は「自ら原料を生産するようにならないと、シンテックに未来はない」と金川会長に示唆したのだ。

 時を経て、2008年、ルイジアナ工場で塩素をはじめとした中間材料の自社生産にこぎ着けたのを手始めに、シンテックは原料からの一貫生産と規模拡大にまい進している。その総投資額はおよそ3000億円にも上る。金川会長を突き動かしてきたのはブランチ氏の言葉だ。

 4月、ついに塩ビのもう一つの主原料であるエチレンの生産に踏み切ることを表明した。これまで手を付けてこなかった理由は、安定した調達先があったことに加え、エチレン工場の投資額は少なくとも1000億円以上掛かるからだ。

 とはいえ、もう迷っている暇はない。米国ではシェール由来の安価な天然ガスが手に入ることから、すでにエチレン工場の新設プロジェクトが15も持ち上がっている。工事のための人員や機械の手当てが高騰している。

 シンテックが巻き返しを図る秘策が立地と規模だ。他のプロジェクトの大半がテキサス州で100万トン規模の大型工場。実際に建設着工したのは1件のみで、それも認可されるのに1年半もかかっている。詳細が決まっていないプロジェクトも数多い。

 シンテックはルイジアナ州に年産50万トンの工場を建設する許可を申請した。できるだけ早く許可を得て生産にこぎ着けるためだ。