最近、あちらこちらで“働くヤギ”の記事を目にすることが多くなった。都市部では河川敷や団地内にある緑地の除草作業にヤギが大活躍しているし、過疎化が進む地方でも耕作放棄地や里山の管理に役立つのでは、と期待されている。彼らにとって、雑草を食べることは「食」と「職」を両立させた理想的な働き方。うまくいけば、これほど幸せなことはない。

 だが待てよ、とも思う。人間のためにヤギに働いてもらうのだから、ヤギの労働環境や福利厚生にも考慮すべきなのではないか。ヤギが最後まで幸福かつ気持ちよく働くために、人間は何を知っておくべきだろうか?

 というわけで、玉川大学農学部教授である安部直重氏を訪ね、ヤギに関する詳しいお話を伺うことにした。今回はつまり、ヤギの「職あれば食あり」である。

じつは家畜界ではメジャーな存在?
世界で10億頭もいるヤギ

“働くヤギ”が都市部でも増加中!<br />除草だけじゃないヤギが切り開く「未開拓ビジネス」傾斜地で仕事中の子ヤギ。見慣れぬ筆者に驚く

 6月下旬のある日、JR新宿駅から小田急線に乗って東京都町田市にある玉川大学を訪れた。見たところ、軽く25度はありそうな急斜面。その傾斜地の向かって左側は学園の畑、見下ろす先には民家が所有する水田も広がっている。

「学内の敷地は3つの自治体にまたがっていまして、じつはここ、住所で言うと神奈川県横浜市になるんです」と安部教授が説明してくれる。

 急な斜面を上った上から見下ろすと、ちょうど3頭のヤギがお食事中、いや、お仕事中だった。うち一頭は子ヤギである。杭打ちした棒にそれぞれロープで係留され、動ける範囲の雑草をムシャムシャと食べている。

 世界を見渡すと今日、ヤギは着々と増え続けている。国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、世界で飼育されているヤギの頭数は2000年には約7億5000頭だったのが、2010年には9億頭を超え、現在は約10億頭とも言われている。なかでも多いのはアジア・アフリカ地域だ。

 これに対し、日本では「推定で1万から1万2、3000頭」。1998年以降、正確な数は把握できていない。ちなみに日本で乳牛は約150万頭、豚は約1000万頭も飼育されている。同じ家畜の中でも、ヤギはケタ違いに少ないのだ。

――1960年代前半くらいまでは、日本でもけっこうヤギが飼育されていたと聞きますが?

「私は昭和25年生まれですが、小さい頃は東京23区にも普通にヤギがいました。もちろん、野良犬よりは少なかったですけれど。粉ミルクが普及するまでは、お乳の出が悪いお母さんたちは、ヤギを飼っているご近所のお宅からそのお乳をもらって赤ちゃんに飲ませたものなのです。牛乳の場合、乳糖不耐症といって飲むとお腹を壊しやすい体質の方もいますが、ヤギ乳の場合はそれが少ない。ヤギ乳に含まれる脂肪球は牛乳に比べて小さいため、消化されやすいんです」