会社がウルワースビルに入居するころには、ウルワースに引退の時期が近づいてきていた。健康状態がすぐれず、ヨーロッパで静養するための休暇を取るようになる。妻のジェニーは若年性の痴呆症に苦しんでいた。ウルワース自身の健康状態は、歯の手入れをしようとしなかったことも一因となり確実に下降線をたどっていた。

 1919年4月4日に重体に陥り、その4日後に息を引き取っている。

時代と業績

 F・W・ウルワース社は低価格を追求する小売業のパイオニアだ。のちにウォルマートをはじめとする企業が追随する低価格路線の伝統を根づかせ、チェーンストアと大量販売を基礎に小売業の帝国を築き上げた商人の先駆けだ。

 薄給あるいは無給で働き、長期間病気に苦しみ、最初の5店舗のうち3店舗は失敗したと知れば、ウルワースが事業家としての夢をあきらめたとしてもそれを非難する人は誰もいなかっただろう。

 しかし彼は、こうした逆境にめげず、並外れた粘り強さによって、すべての「ファイブ・アンド・テンセント」の競争相手を寄せつけず、その時代に最も成功した小売業者となった。

 低価格商品を武器にしたウルワースの事業は、1990年代まで十分通用していた。ところが1997年、ウルワース社は最後まで残ったF・W・ウルワースの「ファイブ・アンド・テンセント」店400軒をすべて閉鎖すると発表、117年間にわたってウルワースの看板だった低価格の雑貨店事業から、ついに撤退することになった。

 ウルワースの秘密は何だったのか。それは権限委譲に尽きる。

「自分があらゆることに口を出さなければならないという考えに凝り固まっている限り、規模の大きな成功は不可能だ。仕事を任せられる腹心や仲間を指名して、彼らに権限と責任を与えることだ」

プロフィール
1852 誕生
1858 一家がニューヨーク州グレートベンド近くの108エーカーの農場に引っ越す
1873 オーグズベリー&ムーアの店で働く
1878 5セントのテーブルがアメリカの小売業界で評判になる
1879 ニューヨーク州ウティカにウルワースの第1号店ができる
1895 店舗数が28になり、売上高が100万ドルを突破する
1905 F・W・ウルワース社設立
1913 同社がニューヨーク市にある当時最高の高さを誇る摩天楼に移転
1918 1月、ニューヨーク市の五番街に1000番目の店舗を開店
1919 他界