アラブ 2014年11月20日

教えて! 尚子先生
第二次世界大戦後、なぜイスラエルが建国されたのですか?<前編>【中東・イスラム初級講座・第16回】

フランス革命によってユダヤ人に与えられた市民権

 このようにユダヤの歴史は「迫害」の歴史となっていますが、近代になるとようやくユダヤ人にも市民権が与えられるようになります。1789年のフランス革命によって、ユダヤ人にも市民権が与えられたのです。

 その後のナポレオンの遠征によって、各地のゲットーが解放され、職業選択の自由が与えられるようになりました。この解放によって、西欧のユダヤ人は急激に同化が促進されたといわれています。けれども、ナポレオン失脚後は再度、いろいろな制限が課せられるようになり、その結果、西欧のユダヤ人のアメリカへの移住が増加しました。

 一方、東欧やロシアのゲットーは解放されることはなく、同化も進みませんでした。彼らはゲットーの中で、ドイツ方言の一つであるイディッシュ語(ドイツ語にヘブライ語とスラブ語の単語が交った言語)を話し、ユダヤ教の伝統的な宗教規範に従った生活を続けていました。

 ユダヤ人に人権が認められたと聞くと、その後はユダヤ人に対する差別や迫害が減少していったのだろうと思われるでしょうが、実際はそうではありませんでした。近代国民国家(一民族一国家の原則)の形成に必要となる民族主義が高揚すると、ユダヤ人はその中に入ろうとしても入れなくなっていくのです。

 中世の場合、ユダヤ人にとって「改宗」(見せかけの改宗も含め)という最終手段がありましたが、近代の場合、とくに19世紀末から社会進化論と人種論が流行したために、ユダヤ人は宗教集団としてではなく、「人種」として理解されるようになったのです。つまり、ユダヤ人はヘブライ語(セム語)を話す、セム語族の「ユダヤ人」であるのに対して、ユダヤ人以外の西欧人は、インド・アーリア語を話す「アーリア人」であると理解されたのです。

 こうなると「ユダヤ人」は改宗しても何をしても、「ユダヤ人」でしかないという結論が導かれてしまいます。こうしてユダヤ人に対する差別は20世紀になっても継続し、その究極の形として、ナチス・ドイツのホロコーストへと発展していくのです。

 東欧およびロシア地域のユダヤ人の場合、ホロコースト以前に「ポグロム(ロシア語で破壊・破滅の意味)」と呼ばれるユダヤ人虐殺事件が各地で発生していました。そもそも、東欧およびロシアにはかなりの数のユダヤ人が存在していました。なぜなら、1264年からポーランドでは、カリシュ法令によってユダヤ人の居住権が認められていたためです。そのため、ポーランドではナチス・ドイツに占領されるまで、ユダヤ人のゲットーは存在していなかったのです。

 この比較的良好な環境は1795年のポーランド第三次分割まで続いていました。ポーランド分割により、庇護を失ったユダヤ人たちは、ハプスブルグ家に対して保護をもとめたのでした。これがポーランド(分割されたのちはウクライナとなる)の人々には裏切りと映ってしまったのです。そのため、社会不安が高まるたびにユダヤ人は迫害、殺害され、1819年、1821年、1881~84年とポグロムが、東欧およびロシア地域の各地で発生することとなります。

 さらに、帝政ロシアでは社会的不安をあえてユダヤ人に反感が向かうよう、政府がユダヤ排斥運動を助長したといわれています。1903~1906年にも大規模なポグロムが発生し、ロシアからアメリカへの大量の移民が生まれました。

 東欧・ロシアのポグロムが生んだものは移民だけではありませんでした。ロシア革命をも生んだのだと主張する人もいます。なぜなら、革命を実行した幹部の8割強がユダヤ人だったためです。

 しかし、イスラエル建国にとって重要なのは、近代においてユダヤに対する迫害が激化した結果、シオニズムとよばれる思想が生まれたことです。シオニズムとはイスラエルの地(パレスチナ)に帰還してユダヤ人の民族国家を建設しよう、もしくはユダヤ教やユダヤ文化を再興しようとすることを意味しています。

 シオニズムの発端は、ポグロムを体験したオデッサ(黒海沿岸の都市)の医師であるレオン・ピンスケルが、ユダヤ人は自らの国家を形成すべきだと主張して『自力解放』という書物をドイツ語で出版したことにあります。その後、1884年からロシアのユダヤ人学生たちが主体となって、パレスチナへ帰還して農業を行なおうとする運動(ビルー運動)がおこりました。

 1914年までに6万人前後の人々がパレスチナに移住をはじめ、これが第一期のユダヤ人の移住であったといわれています。このようにシオニズムは迫害の激しかった東欧・ロシアにおいて誕生したのです。

 一方、西欧ではフランスでのユダヤ人の冤罪事件であるドレフェス事件を契機に、ハンガリー出身のテオドール・ヘルツルが国家建設構想を描いた『ユダヤ国家』を出版し、シオニズムは拡大・強化されていきました。ヘルツルは1897年に世界シオニスト機構を設立し、スイスのバーゼルで第1回シオニスト会議を開催しました。彼はイスラエルの地(パレスチナ)が当時、オスマン帝国の支配下にあったために、オスマン帝国のスルタンと交渉し、ユダヤ国家建設に支援を求めましたが、これは失敗に終わりました。

 シオニズム運動が生まれるまでの経緯はここまで。次回は、シオニズムが生まれてから建国までの経緯を説明します。

(文:岩永尚子)

著者紹介:岩永尚子(いわなが・なおこ)
日本では珍しい女性中東研究家。津田塾大学博士課程 単位取得退学。在学中に在ヨルダン日本大使館にて勤務。その後も専門のヨルダン教育現場のフィールドワークのために、スーツケースを抱えて現地を駆け回 る。2012年まで母校にて非常勤講師として「中東の政治と経済」を担当。現在は名古屋にて子育て奮闘中。「海外投資を楽しむ会」最初期からのメンバーで もある。

 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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