〈『タイタニック』という映画がある。超大型豪華客船の船底は氷山に衝突して傷ついている。徐々に浸水し、沈みゆく。しかし甲板では、船が傾き、沈没する可能性があることをわかっていながら、「損傷は小さく、この客船が沈むはずがない」という甘い認識があるのか、何事もないふりをして楽団が音楽を奏で続けている――。いまの日本財政の状況を見ていると、このシーンを思い出さずにはいられない。〉

財政危機を回避するのに
残された時間は長くない

増税延期は誤った判断 <br />財政と異次元緩和の背後に潜む“2つの限界”<br />――法政大学准教授 小黒一正おぐろ・かずまさ
1997年京都大学理学部卒、一橋大学博士(経済学)。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2013年4月より現職。内閣府・経済社会総合研究所客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。専門は公共経済学。著書に、『財政危機の深層 増税・年金・赤字国債を問う』、『2020年、日本が破綻する日』、『アベノミクスでも消費税は25%を超える』など。
撮影/尾崎誠

 これは、近々、緊急出版する拙著『財政危機の深層増税・年金・赤字国債を問う』(NHK出版新書、2014年)からの引用であり、私がいまの財政の現状から受けるイメージだ。

 このような状況の中、安倍首相は2014年11月18日、経済成長の下振れ懸念が強まったと判断し、消費増税の一年半延期の是非を問うための衆議院の解散を正式表明した。

 11月21日にもはや衆議院を解散してしまったので誰も止めることはできないが、筆者は、増税の延期は間違った判断だと考える。リーマンショックや東日本大震災のような異常事態が起こらない限り、再増税を延期することは賢明な選択ではない。主な理由は2つだ。

 第1は、財政危機を回避するのに残された時間はそれほど長くないためだ。つまり、財政の限界である。米国のアトランタ連銀のアントン・ブラウン氏らの研究(Braun and Joines, 2011)は、政府債務(対GDP比率)を発散(限りなく膨張すること)させないために、消費税率を100%に上げざるを得なくなる限界の年を計算している。結果は消費税率が10%のままならば2032年まで、消費税率が5%のケースでは2028年まで。ブラウン氏らは試算していないが、消費税率が8%のケースでは「2030年」頃が限界の年となるはずだ。