平成28年(2016年)度から、採用スケジュールが変わる。実質的な選考期間が短くなるため、優秀な人材を求める企業は採用手法を多様化させることになるだろう。そのなかで「リクルーター制」の復活もしくは強化を検討している企業が増える見込みだ。就職サイトを活用した一括応募方式に比べれば手間もコストもかかるリクルーター制によって、企業の採用精度は向上するのだろうか。

36年間の会社生活で
一番の思い出

前回は、採用選考の解禁が後ろ倒しになることに伴い、リクルーターを活用する企業が増えていることを紹介した。

 今回は、そのリクルーターについて考えてみたい。まず私が採用の責任者を務めていた当時の思い出を紹介させていただきたい。

 私は、バブル後まもない時期に人事部の課長代理として採用責任者を務めた。当時の企業はまだ採用意欲が旺盛で、私には30人を越える大きな採用枠が与えられていた。

 その年の面接がピークを迎えつつあった6月下旬のことである。

 伝統ある体育会系サークルで活躍していた一人の学生を、私は不合格と判断した。すると翌日、彼を推薦していた若手社員のリクルーター達から、「もう一度彼にチャレンジの機会を与えてほしい」という申し出を受けた。

 当時の人事課長は、「個別に(リクルーターに)説明していると、きりがなくなる」との理由で私に「会うな」と命じた。

 少し迷ったが、リクルーターたちがあまりに真剣だったので、私は彼らに別室に集まるように指示をした。

 体育会系の屈強な10人ほどのメンバーが会議室に集まった。その中のリーダーが「楠木さんは30分しか彼を見ていません。しかし私達は4年間ずっと彼と一緒だったので、いかに素晴らしい人物であるかが分かっています。ぜひもう一度面接をして下さい」と語りながら、用意してきた連名の手紙を私に差し出した。

「僕たちが営業に行っても、30分もしないうちに、お客さんから評価を受ける。この時間内にプレゼンできる素養が試されているのだ。しかも私はきちんと面接して決断した。だから彼の不合格は動かない」と私は言い切った。

 でも本当は確固たる自信まではなかった。面接した学生は、彼らが推薦するだけあって感じのいい人物だったのだ。

 それに続けて私は、「後輩に対してこんなに熱い思いをもっている君達がうらやましい」とも話した。自分は、人事部の役付者に直訴するほど学生に思い入れを持ったことはなかったからだ。

 部屋に戻ると、2年目の人事部員が、「楠木さん、彼らと話して良かったと思います。A君なんか泣いていました」とそっと教えてくれた。

 採用が一段落した時、人事課長は「今年の楠木君の担当した大学はいい採用だったな」とねぎらってくれた。命令違反のお咎めなしとの意味もあったのだろう。

 数年後に通常の職務に戻ってから、懐かしさで机の中にある連名の手紙を読み返してみた。よく見ると誤字脱字が多く目についた。「彼らは本当に大丈夫なのか?」と思わず自分自身に対して突っ込んだことを覚えている。

 まもなく定年を迎える私の会社員生活の中で、最も忘れがたい思い出なのである。