橘玲の世界投資見聞録 2014年12月18日

イスラーム圏でもっとも親欧米の国・コソボの終わりなき憎悪
[橘玲の世界投資見聞録]

 それに対して、セルビア正教の教会はどのような扱いを受けているのだろうか。下は街の中心部の広場にある教会だが、ご覧のように内部は完全な空洞で廃墟のまま放置されている。これが解体されないのは、コソボ共和国が名目上、セルビア系住民の信教の自由を認めているからだろう。撤去するにはあまりにも目立ちすぎるので、そのまま放っておくしかないのだ。

こちらは廃墟のまま放置されているセルビア正教会。マザー・テレサ大聖堂から徒歩10分ほどのところにある        (Photo:©Alt Invest Com)

 

 欧米の介入でコソボ紛争が終結し、アルバニア人の自治が認められると、UNMIK(国連コソボ暫定統治機構)の監督下でセルビア系住民に対するあからさまな差別と排除が始まった。コソボ解放軍(KLA)の過激派によって、1300名のセルビア系住民が拉致され、行方不明になったともいわれる(これについてはジャーナリスト木村元彦氏の『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』〈集英社新書〉参照)。

 こうした「民族浄化」の結果、多くのセルビア系住民は故郷を捨て、セルビアの難民キャンプに逃れざるを得なくなった。コソボの治安が安定したのは、住民の9割がアルバニア人になって民族紛争の火種が消えたからだ。いまもコソボ領内にはセルビア人地区がわずかに残っているが、これほど人口比率がちがうとセルビア系住民は抵抗の声を挙げることすらできない。

 欧米諸国はボスニアなどでセルビア民兵による「民族浄化」を激しく批判したが、コソボでのアルバニア人による「民族浄化」には目をつぶった。親欧米のアルバニア系が圧倒的多数になった方が統治しやすいからだ――セルビア人はこう批判するが、米国やEUの意図がどこにあったかは別として、結果としては彼らのいうとおりの状況になっていることは否定できない(もちろんアルバニア系住民もセルビア民兵による虐殺の被害者だから、どちらが善でどちらが悪ということはできない)。

コソボにある「ビル・クリントン通り」とは?

 コソボのプリシュティナでもっとも印象的だったのは下の通りだ。なんの変哲もない道路だが、ここは「ビル・クリントン通り」と名づけられている。

プリシュティナのビル・クリントン通り       (Photo:©Alt Invest Com)

 

 この通りを真っ直ぐ歩いていくと、ビル・クリントンの像がある。クリントンはベオグラード空爆のときの米国大統領で、コソボのアルバニア系住民にとっては建国の恩人であると同時に、憎むべき敵を叩きのめした英雄(ヒーロー)でもあるのだ。

NATOによるベオグラード空爆を顕彰して立てられたビル・クリントン像  (Photo:©Alt Invest Com)

 

 私は今回の旅で、そのベオグラードも訪れた。下は通称「空爆通り」で、旧ユーゴスラビア共和国内務省ビルが巡航ミサイルの標的となって大きな被害を受けた。セルビアではこの攻撃は不当な内政干渉・侵略行為とされており、その「犯罪」の証拠を後世に残すため破壊されたビルは撤去されないまま放置されている。

 ここで私は、コソボ紛争におけるアメリカの判断を批判したいわけではない。空爆がなければ平和裏に紛争が解決したかというと、とてもそんなことは期待できないのだから。

 ここでの教訓は、おそらく一つしかない。

 いったん憎悪の火が燃え広がれば、それを消し止めるには膨大な犠牲と悲劇が必要になる。だがひとびとが熱狂のなかで正義の旗を振りかざすとき、その結末に気づく者はほとんどいないのだ。

ベオグラードの「空爆通り」             (Photo:©Alt Invest Com)
巡航ミサイルによって徹底的に破戒された旧内務省ビル  (Photo:©Alt Invest Com)

 

 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)などがある。
DPM(ダイヤモンド・プレミアム・メールマガジン)にて
橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを配信開始!(20日間無料体験中) 


幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,650円(税込) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額880円(税込)
いますぐ試す(20日間無料)
 

 

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。