長崎県中央部にある大村湾。コバルトブルーの美しい海を一望できる坂道を車で通るたび、その風景に心を奪われるものの、私たち取材班にそれを楽しむ余裕はない。目指す施設が目前に迫っているからだ。饒舌だったカメラマンが押し黙り、緊張の表情が伺える。いったい今日は、何が私たちを待ち受けているのだろうか・・・。

 親から子どもへの虐待。近年、子どもが命を奪われる悲惨なニュースは後を絶たず、児童相談所へ寄せられる報告件数も年々増加している。その数は昨年4万件にのぼった。「いったいこの国はどうなっちまったんだ」と憤る方たちも多いと思うが、一方で救い出された子どもたちがどこでどんな思いをしながら生きているのか、皆さんはご存じだろうか。恥ずかしながら私も少し前まではほとんど知らなかった。そんな私が虐待を受けた子どもたちの取材を始めたきっかけは一年前、不登校の子どもたちに関するドキュメントの制作を終え、文科省の担当者と話していた時のことだった。

 「虐待を受けた子どもたちの苦しみは想像を絶します。その子どもたちと向き合っている人たちがいることを伝えてもらえませんか」

 そう言って紹介してくれたのが情緒障害児短期治療施設(以下:情短)だった。心を閉ざしてしまったり、暴力が抑えられないなど情緒に重い混乱をきたした子どもたちが、人と関係が結べるようになることを目指し、共同生活を送りながら治療を受ける施設だという。現在全国に33ヵ所あるが、入所している多くは、虐待や育児放棄をくりかえす親元から保護された子どもたちだ。

 私たちは取材を受け入れてもらえないか、1カ所1カ所訪ねて回ったが、子どものプライバシーの問題からなかなか許可は下りなかった。そうしたなか、保護者の承諾をもらい、治療の妨げにならないことを条件にカメラを入れることを許可してくれた施設があった。それが私たちが向かった、長崎県大村市にある「大村椿の森学園」。受け入れてくれた理由はただ1つ、心の傷から立ち直ろうと格闘する子どもたちの姿を多くの人に知ってほしいということだった。

突然キレ出し、暴力的に!?
“豹変”する子どもたち

 心に大きな傷を負った子どもとはいったいどんな感じなのだろうか。不安を抱いたまま施設に着いた私たち撮影スタッフを迎えてくれたのは、底なしに明るい子どもたちだった。暮らしているのは7歳から18歳までの35人。初めて見るカメラや音声機材に目を輝かせながらじゃれついてきた。 

暴力から育児放棄まで、激増する「児童虐待」の実態。子どもたちの心の傷は本当に癒えるのか?
突然キレ出し、暴れ始めた少女。指導員にも掴みかかる

 「なんだ、普通の子どもたちと変わらないじゃないか」。しかしそんな気持ちはすぐに打ち砕かれ、私たちは現実を知ることになる。今まで私たちと遊んでいた中学生の女の子がいきなりキレて小学生の首を絞めはじめたのだ。慌ててカメラを構えるカメラマンの存在などお構いなしに小学生を殴りつける。周りの友だちが必死に止めようとするが、その手を払い除け、暴れる。そして怒りの矛先は、止めにきた職員にも向けられた。彼女がキレた原因、それは男の子の手が誤って女の子にあたってしまった、というものだった・・・。

 暴れる女の子を止めようとしたある女の子に私たちは話を聞いた。マリコさん15歳。母親からタバコを押しつけられたり、殴られたりしてきたという。児童相談所に保護された後、ここにきて2年。しかし彼女も友だち同様、暴力が止められないという。

 「母親からされたことを自分もしている。暴力はいけないとはわかっているけど、止められない」

 苦しそうに語る彼女の姿から、虐待による心の傷の深さを改めて実感した。