ソウェトのいいところは、住民たちが顔なじみで、よそ者(不法移民)が入ってこないことだという。そのためソウェトの治安は、ヨハネスブルグのダウンタウンなどに比べてきわめていい。それが、この街の人気の秘密になっている。

次のふたつの写真を見比べてほしい。
まずは高級住宅地ローズバンクの典型的な住宅。高い塀に囲まれ、その上に有刺鉄線を張り巡らせ高圧電流を流している。それだけ強盗事件が多いからだろうが、これでは住宅と街(道路)とが分離され、路上はさらに危険になってしまう。

次はソウェトの高級住宅街にある一軒家を改装したレストラン。この一角には同じような家が並んでいるが、どこも塀は低く、高圧電流を流す有刺鉄線もない。ローズタウンの厳重に警備された住宅と比べて、開放感は雲泥の差だ。


ヨハネスブルグの最大の問題は治安だが、ソウェトは地域のネットワークを活用することでこの問題を解決した。ソウェトに住めるのはこの街の出身者だけで、よそ者が入ってくればすぐに知れ渡り、排除されるのだ。
富裕層が強盗や誘拐の標的にされるのは白人も黒人も同じだ。そう考えれば、医者や弁護士など経済的に大きな成功を収めた黒人のなかに、塀と有刺鉄線に囲まれ屋外を散歩することすらできない環境より、安全なソウェトの方がずっといいと考えるひとたちが出てくるのもよくわかる。
このようにして、「貧困」と「人種差別」の代名詞だったソウェトに目を見張るような豪邸が現われることになった。

アパルトヘイトでは、白人たちは黒人をタウンシップに隔離することで自らの安全を確保しようとした。人種差別が撤廃されたいま、タウンシップ(ソウェト)の黒人たちは、自分たちのコミュニティを外界から“隔離”することで、この国ではもっとも貴重な安全を享受しているのだ。

<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)などがある。
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