安倍晋三政権が、小中学校の「道徳の時間」を「特別の教科:道徳」(仮称)に格上げして必修化する検討を加速させている。道徳は必修化によって、国語や算数・数学などほかの教科全体の「要」と位置付けられることになる。英語教育や歴史教育と連動することで「日本人としてのアイデンティティ、日本の歴史と文化に対する教養などを備え、グローバルに活躍できる人材」の育成につなげる狙いだ。また、道徳必修化は、深刻化する「いじめ問題」への対応策であるとも考えられている。

 道徳必修化では、安倍首相が提唱する「美しい国、日本」に合致する人材、すなわち「正直、勤勉、誠実、信義・約束を守る、親切、清潔、礼儀正しさという『美徳』を持ち、『愛国心』『公共の精神』『規範意識』『道徳』に基づいて行動し、『文化』『伝統』『自然』『歴史』を大切にする『美しい人』(「2015年を占う5つのポイント」第12回を参照のこと)の育成が目指されることになるだろう。衆院選での大勝を「国民からの白紙委任」と解釈する安倍首相にとっては、当然のことだからだ。

道徳で「理想的な家族」を示せば
いじめ発生の原因になる懸念

 安倍首相が考える「美しい国」には、突き詰めると祖父・岸信介元首相が革新官僚だった時に構想した「国家総動員体制」への憧れがある(第82回・5Pを参照のこと)。少なくとも、国家総動員体制が形を変えて実現した昭和の高度成長期が、首相にとっての日本の復活を意味するのだろう。

 道徳必修化で、重点的に教育することになっているのが「家族愛」である。授業では、当然、安倍首相が理想とする「昭和の高度成長期の家族像」が強調されるだろう。それは、厚生労働省が規定してきた、父母に子どもふたりの「標準家族」でもある。お父さんが外で働き、お母さんが家を守る家族像も基本的な家族の形として提示される。加えて、祖父母を敬うことも教えられるだろう。

 だが、安倍首相の「理想」は、日本社会の現実と大きく異なっている。高度成長期を経て先進国となった日本では、価値観が多様化し、国民の生活様式も多様化した。個人主義が広がり、女性の職場進出が増加し、非婚・晩婚化、核家族化、専業主婦率の低下、少子高齢化、離婚件数の増加など、高度成長期とは異なるさまざまな現象が起こっている。その結果、伝統的な「標準家族」の基準から離れる「ダイバーシティ家族」が全世帯の5%前後に達しているという。