昨今下落傾向にあるとはいえ、穀物相場はいまだ高水準にある。背景には、途上国における農業の生産性の低下、食の変化、生産国の輸出規制など様々な要因が絡んでおり、需給逼迫解消の目途は立っていない。国際食糧政策研究所リサーチフェローのマーク・コーエン博士は、“複合食糧危機”の様相を呈してきたと警鐘を鳴らす。(聞き手/ジャーナリスト 瀧口範子)

マーク・コーエン(Marc Cohen)
マーク・コーエン 国際食糧政策研究所リサーチフェロー Photo by Mark Finkenstaedt

 食料価格の上昇を、私は2005年頃から予想していた。農業の生産性や天然資源管理に十分な投資がなされておらず、それがやがて食糧価格を押し上げることは明白だったからだ。

 価格高騰は、複数の要因によって引き起こされている。まずは原油価格の高騰だ。これが食糧の輸送コストだけでなく、先進国で用いられる農機の稼働コストを上昇させ、さらに悪いことに、途上国で使われる化石燃料に由来する肥料の価格に上昇圧力をかけた。

 食糧全般の質的な需要の変化もある。インド、中国、あるいはサハラ砂漠以南のアフリカ諸国の経済成長により、食が高カロリー化、多様化し、また都市化によって加工食品も望まれるようになった。

 もちろん、バイオ燃料への傾倒も無視できない。米国ではトウモロコシが使われているが、欧州と同様、補助金があるうえ、一定比率の利用も義務づけられている。タイやブラジルなどでも同様の規制がある。さらに、これが主要因とはいわないが、投機にも火がついた。そのほかにも、オーストラリアなど、いくつかの主要生産国での天候不良による不作。そして、生産国の輸出規制も重なった。

 1970年代の食糧危機と今回の大きな違いは、各国の市場がオープンになって、国際価格変動の81%、つまり大部分が国内価格にも浸透するようになったことだ。依然として政府が市場干渉するインドネシアのような国もあるが、どの国家もすみずみまで国際価格高騰の影響を受ける。

 また過去の食糧価格高騰では、収穫シーズンが2~3回も巡れば供給が追いついて自然と価格が下がった。だが、もはやそれは期待できない。なぜなら、一つの作物に食糧、飼料、燃料という需要が集まって取り合いをしているからだ。草や木材を利用する繊維素のバイオ燃料研究が進まなければ、解決はない。それまで、これ以上の高騰はないかもしれないが、価格が下がることもないだろう。

食費増で教育や医療も
ままならぬ途上国の悲劇

 その結果、痛手を受けるのは途上国の国民だ。途上国では食費が生活費の50~80%を占めている。食事の質を下げ、教育や健康管理など他の出費を抑えるしかなく、長期的な悪影響は明らかだ。