──販路などに変化は?

「最近は嬉しい事に天然醸造に切り替えてから離れてしまった給食用をはじめ、業務用のお客様が戻ってきました。少量でも美味しくなる、と御好評をいただいます」

 なるほど、と思う。有田屋の醤油は豊かな風味と濃厚な味が特徴だ。余談だが吸い物などを味付けする際には「塩で味をつけてから、香りと風味付け程度に醤油を落とす」という人がいるが、プロは「醤油でまず色を決め、それから足りない味を塩で補う」のだ。吸い物の色はいつも同じではなく、季節によっても椀種によっても異なる。塩で味をつけてしまうと醤油の色の調整が効かなくなるからだ。

──醤油の良さというのはどういうところだと思いますか?

「良さ……僕が考える醤油の良さは、抽象的な言い方で申し訳ないんですけど……実は以前、熊本の百貨店さんで、群馬県物産展が開かれることになって出店したんですね。周りの人から『九州は味が違うからやめたほうがいい』と言われたんですが」

──九州の醤油は甘いですからね。

象徴的な煙突。高さを削ってしまったので昔はもっと高かったという

「(出店して)どんな結果になるかはおわかりになると思いますが(笑)。脂汗をかくような思いをしました。あれほど売れなかったときはないという経験をさせてもらいました。それで三日目くらいになると帰りたくなっちゃって(笑)そんな時に一人の女性が訪ねられたのです。その方が醤油を舐めてくださったとき、ふっと『煙突の味がする』と仰ったんです」

──煙突?

「まさしくうち会社の裏通りには象徴でもあるレンガ造りの煙突があるんです。なぜ熊本の女性が、と聞けばその方は、小学校の頃をこのあたりで過ごしたというんですね。この裏通りが通学路になっていて、その煙突は舐めると塩っぱいというのが子ども達のあいだで定説になっていたようです。その方はおそらくご家庭の事情かなにかで移られたんでしょう。月日が経ち、忘れていたと思うんです。それでも舐めた瞬間に思い出していただけた。一滴舐めただけでそういう力がある、というのが醤油の良さなんだと思うんです」

 プルーストのマドレーヌのように、食べ物には記憶を呼び起こす力がある。そして、おいしい食べ物はまた幸せな思い出をつくってくれる。

 醤油の味は昔よりも美味しくなっているはず、と湯浅社長は言う。戦後の日本はうま味調味料と添加物にまみれた大量生産品が台頭していく時代だった。あるいはついに〈戦後〉が終わったのかもしれない。だからこそ我々はこれからの味をつくり、受け継いでいかなければいけないのだ。

【動画】有田屋「醤油」

(写真・映像/志賀元清)