2008年一年間を表す漢字は「変」であったが、経済学の言葉で昨年の経済、金融市場を一言で表現すると「情報の非対称性(adverse selection)」に凝縮される一年であった。

優良企業でも資金調達が
できないワケ:情報の非対称性

 まず、よく用いられる中古車売買の例で情報の非対称性を簡単に説明しておこう。

 中古車の品質や事故歴を買い手がうかがい知ることは困難である。売主の説明(品質、事故歴、本当の走行距離など)が真実であると信じて取引に応じるしかないため、完全に売り手有利の取引であり、極端な場合、買い手は「カス」をつかむリスクがある。

 「カス」を回避するためには、そもそも中古車を購入しないのが一番安全ということになる。そして、買い手不足となった市場では、いくら優良な中古車でも適正な価格では売れなくなる。結果として市場に出回るのは劣悪な中古車だけとなり、中古車市場そのものが崩壊していくというものだ。

 アメリカでは質の悪い商品をレモンと呼び、この情報の非対称性の話は「レモン市場」の話として説明されることも多い。世の中には、良質な中古車を売りたいというニーズも、買いたいというニーズも存在するのに、情報の非対称性が存在するが故にこれらのニーズを満たす市場が存在しなくなってしまう。そうしてレモン市場では、全体の効用は低下する。

 「情報の非対称性」は私の専門分野である企業ファイナンスの世界でも頻繁に登場する概念である。

 最近は、優良な企業でも資金調達が容易ではなくなってきている。銀行も投資家もない袖は振れないとばかりに脇を固めていることもあるが、実は情報の非対称性を恐れるあまりどんな企業に対してもお金を出したがらなくなってきたのである。昨日まで大丈夫と思われていた企業が突然経営破たんをするなど、よりどころがなくなりつつあることがその背景にある。