横綱・朝青龍が、帰国して謝罪会見を行なった。会見自体は無事にこなすことができたようだが、彼があの場で、果たして何を言えばよかったのかと真剣に考えると、案外すっきりした答えは出ない。

 たとえば安倍晋三氏、小沢一郎氏のように、自らのせいで政治に停滞をもたらしたり、守屋前防衛省次官のように税金を食い物にしたわけではない。朝青龍が記者会見まで開いて日本中に謝罪するほどの理由は実は無いのだが、大衆側からすると、「あいつは態度が悪いから謝れ」ということになる。相撲は客商売であり、一般社会ではお客に対して失礼があれば当然謝るべきなのだが、それは「商売上の都合」に過ぎない。だが、ビジネスの習慣の中で考えると、間違いなく朝青龍は大いに畏まるべきだったのだろう。

 しかし、朝青龍個人の良し悪しで考えるとどうか。彼の故障はサッカーくらいはできる程度のものだったが、150キロの巨漢同士がぶつかり合う大相撲を取るには、不適当な程度には悪かったという言い分があるかも知れない。なぜ、休養中に、しかも頼まれて少しだけサッカーするのがそんなにいけなかったのか、という思いは朝青龍にもきっとあったと思う。だが、ビジネスのコンテクストでは、彼はそんなことをいえる状況にはなく、どれだけ自分の立場を理解して低姿勢に徹するかが求められた。

 経緯全体を見て、大衆の朝青龍に頭を下げさせたいという思いは、些かヒステリックだったと思うが、このヒステリーは、視聴率や部数につながるものだったので、メディアの側からこれを沈静化しようとする動きはなかった。

 朝青龍にとって幸いだったのは(大相撲としては良いことではないが)、九州場所が盛り上がらなかったことだ。白鵬が12勝3敗で優勝という、さえない結果で終わった。やはり朝青龍のような強い横綱がいて、今日こそやられるか、また勝つのか、という醍醐味がないと、見ていて張り合いがない。テレビで見た限りでは、九州場所はずいぶんと空席が目立った。興行的にも、朝青龍待望のムードが相撲界にあるのだろう。時間がたったこともあって、大衆の側でも再び、朝青龍を求める気持ちが出てきたとも思える。その意味では、朝青龍にとって今回の再来日と謝罪は良いタイミングであった。

ビジネスの視点で捉えると
相撲協会は全くの無責任経営だ

 さて、ここで一連の朝青龍バッシング騒動が、大相撲界にとってどういった意味を持っていたのかを考えたい。この問題をビジネスとして見てみると、日本相撲協会(企業)にとって、朝青龍は大事な商品であり、その商品に権威を与えているのが、横綱という「ブランド」である。