前回までは医師資格を採り上げたが、今回は予定調和の如く、歯科医師である。この資格も社会人には一見遠い道のりのように見えるが、実際はそんなことはない。医師資格よりは、バーが低い。ルート(歯科医師養成課程)に一度乗ってしまえば、よほど怠けたりしくじったりしなければ、資格取得の確実性は高いのだ。勤めを辞める恐怖心は薄く、予想されるリターンと引き比べて悪くない転身だ。

 既に医師資格取得のための途は述べたので、ある程度比較しながら検討していこう。

社会人は歯科医師に向いている

 まず、志望理由固めについて。医師に比べて、歯科医師は手技が重要ということが言えるだろう。また、生業としてみれば、開業がターニングポイントになる。だとすれば、ビジネスセンスを持った社会人の方が、経験の分だけ成功の可能性は高い。少なくとも場所さえ選ばなければ、需要はある。

 さらに、社会人が歯科医師に向いている理由がある。

 歯科医ではない「医師」になるという決断は、それなりに重い。人の命を直接に左右する職業には、それだけのプレッシャーが伴うのである。歯科医師が人の命を扱わない、とは言わないが、少なくとも人の死に立ち会うことは珍しい。

 医学部受験の面接を受ける場面を想像してみて欲しい。「あなたはなぜ医者になりたいのですか?」という定型の質問に、本当の心の内を晒せるだろうか。良心にもとるところがあるのならば、歯学部受験の方が気が楽なはずである。

 随分と強引な論理展開の様に見えるかもしれない。しかし我々は、医師には人間味ばかりを求め過ぎではないだろうか。ホームドクターに求めるものと、外科医に求める資質は違ってしかるべきであろう。かわいそうでなかなかメスが入れられない外科医を、評価していいとは思えない。手技が重要な歯科医師は、まず優秀なテクニシャンであって欲しい。慰め上手で抜歯が下手な歯医者と、その逆と、どちらが優れているかは明らかだ。

 さらに、ここで考えておきたいことがある。歯科医師も医師も、科学者なのである。建前ではなく、心ある歯科医師は論文を書き、学会に出る。休診が多い歯科医師は、遊んでいるよりはむしろ研究活動に熱心な場合が少なくない。歯科医師のエートスはより科学的、合理的、プラグマティックであるべきではないだろうか。