構造改革を経て多くの日本企業が過去最高益を記録している。とはいえ、未来に目を向ければ「持続的成長の実現」は依然として大きな課題だ。そして、持続的成長を可能にする鍵は、時代を先取りして自らが変革し続けることができるかどうか、すなわち組織の「自己変革力」である。
多数の企業変革に関わってきたデロイト トーマツ コンサルティング パートナーの松江英夫が、経営の最前線で果敢に挑み続ける経営トップとの対談を通じ、持続的成長に向けて日本企業に求められる経営アジェンダと変革の秘訣を解き明かす。
連載第13回は、JVCケンウッド代表取締役会長 兼 執行役員最高経営責任者の河原春郎氏にご登場いただいた。変化の激しい電機業界に身をおき持続的成長を続ける秘訣と、そのために日本の産業の強みとなるものが何かを伺う。

【時間軸のつながり】
長期の時間軸で積み重ねていく「匠の技」こそ日本の強み

松江 河原さんはこれだけ変化が激しい電機業界の中で、延べ10年を超えて実質的にトップをなさっています。そのなかでどうやって先を見通していらっしゃるのか。まず、その考え方の前提にあるようなものからお聞かせいただけますでしょうか。

3割見えたところが決断のタイミング <br />5割見えたときにはもう遅い河原春郎(かわはら・はるお)
JVCケンウッド代表取締役会長 兼 執行役員最高経営責任者。1961年東芝に入社。システムエンジニアとしてコンピュータソフトウェア開発に約20年間携わった後、米国UTC社との合弁による燃料電池事業、全社経営戦略、グループ経営などを歴任。1996年に取締役。2000年よりリップルウッド・ジャパンのシニア・アドバイザーとしてM&Aなどを担当。2002年6月にケンウッドの取締役社長に就任。2008年10月にケンウッドと日本ビクターの経営統合を実現し、代表取締役会長に就任。2011年5月にCEOを退任後、2013年11月より現職に復帰。

河原 世の中の変化にはさまざまな現象が含まれますが、その現象を理解するには、そのバックグラウンドを知ることが重要です。現在の大きな変動要因は基本的にITです。情報交換が即座にできるようになるなどスピードが速くなった根本的な原因はインターネットです。これまでの人づてに伝えたり、限られた人に情報を伝えたりする手段と比べて、同時にたくさんの人に伝えられるようになりました。この現象が起こったことによって、特に家電・民生の情報や映像の分野が、従来のアナログからデジタルに変わって世の中が大きく変化した。今、電機業界もここに根差した事業をやっていた企業は、このパラダイムチェンジで大きく影響を受けています。

松江 日本の電機業界が苦戦しているのはそれらが影響しているのですか。

河原 デジタルのようなとても変わり身の早い事業は日本のビジネスには合わないと思います。デジタルの機械は、簡単に言えばロジックをもとに半導体を組み合わせてつくっていきますが、理論的にロジックの設計さえできれば、ある程度の機能の製品を作れます。いまや中国が日本の10分の1くらいのコストで同じレベルの製品をつくってしまいますから、デジタルの機械は日本人の仕事、日本の産業の体質に合わないことは明確です。

松江 デジタル化の時代に日本の産業が生き残る道はあるのでしょうか。

河原 日本の強みは、長い間積み重ねていいものに仕上げていく「匠の技」です。新興国にとって「時間」の問題は最大の参入障壁なんです。彼らはすぐ結果を出したいと考えますから、いつ結果が出るかわからない、積み重ねていく仕事はビジネスの体質に合わない。ここが日本の強みを考える最大のテーマだろうと思います。

松江 今のお話は非常に示唆に富んでいると思います。長年の蓄積や保証が必要なものは、単純な技術ではなく、いろいろなものを組み合わせて積み重ねてきた「匠の技」こそが強みになっているということですね。

河原 そうです。だから、これから日本がさらに繁栄するには、短期のライフサイクルのものに注力するより、むしろ地道に積み上げていって、時間を惜しむ新興国の人たちが入ってこられない分野で仕事をするのが大事です。

 最近の事例で私も大変印象に残っているのは、東レさんがボーイングの主翼に炭素繊維を入れたことです。かなり前に聞いた話ですが、開発の裏には60年以上積み重ねてきた製法や結果があると伺っています。おそらく簡単に真似できないものを築き上げているはずです。

松江 同じようなことは重電系にも言えるのではないでしょうか。長年の技術の蓄積が求められるもの、つまり「長期的な時間軸」に日本の強みがあるように思います。

河原 そうですね。重電の場合、もちろん匠の技も重要ですが、もうひとつ、投資が巨額に及ぶ点に目を向けなければいけません。1台数十億円もする旋盤が数多く使われている設備環境の中で製造するため、コストに占める設備投資の償却割合が非常に大きくなります。設備投資の償却は新興国であろうと、日本のような先進国であろうと、同じだけ発生します。幸いなことに、われわれのほうが高度成長時代にそういうものをどんどんつくっているために、設備投資のほとんどがすでに償却されている。これは時間的なアドバンテージとしては大きい。したがって、後から参入する新興国には、なかなか入れない時間軸の参入障壁があります。だから、重電では先進国が強い。