橘玲の世界投資見聞録 2015年5月28日

アフリカ人による稀有な近代国家、ボツワナはどのように生まれたのか?
[橘玲の世界投資見聞録]

国家の成否は「政治経済制度」で決まる

 政治学者のダロン・アセモグルとジェイムズ・A・ロビンソンは『国家はなぜ衰退するのか』(早川書房)で、長期的な経済発展の成否を左右するのは地理的・生態学的環境条件の違い(これはジャレド・ダイヤモンドのベストセラー『銃・病原菌・鉄』を意識している)でも、社会学的要因や文化の違いでも、生物学的・遺伝的差異でもなく、政治経済制度の違いだと主張している。「貧しい国」は、歴史的な経緯のなかで経済発展に適した制度をつくることに失敗してしまったのだ。

 Nation Stateは「国民国家」と訳されるが、ここでのNationは「民族」のことだ。近代的な国民国家とは、それぞれの民族Nationが独自のアイテンティティ(=ナショナリズム)によって生み出した国家Stateのことで、フランス民族やドイツ民族のように、もともとは一民族一国家が当然とされていた。その後、アメリカやオーストラリアのような移民国家が登場してこの原則が見えにくくなったものの、民族的な一体感のないところでは容易に民族(部族)対立の混乱や殺し合いが起こることは、アフリカや中東だけでなく、旧ユーゴスラビアを見ても明らかだ。

 アジアでも日本、韓国、台湾、シンガポール、香港、タイなど「一民族一国家」のアイデンティティをつくりやすい国・地域が先行して経済発展に踏み出す一方で、インドネシアやフィリピン、ミャンマーのような多民族・多言語国家は政治や社会の不安定に苦しんだ(「多民族国家」を自称する中国も、いまでは華人が人口の9割に達している)。それを考えれば、民族・部族と無関係に、歴史的経緯をいっさい無視して国境線を引かれたアフリカの旧植民地国が、国民国家の形成に大きなハンディを背負っていることは間違いない。

 さらにアセモグルとロビンソンは、植民地主義において、宗主国は現地人の政治組織だけでなく経済組織をも弾圧・破壊したと指摘している。

 金やダイヤモンドの発見によってアフリカ南部で鉱業経済が発展すると、アフリカ人にも大きなビジネスチャンスが訪れた。ボーア戦争で食糧など農産物への需要が高まるなか、シスカイやトランケイなど南アフリカの一部地域で、現地人による農業経済の勃興が始まったのだ。

 農業に市場経済が導入されたことで伝統的な部族制度は崩れ、土地の私的所有が始まり、起業家が次々と誕生した。こうした土地のひとつフィンゴランド(フィンゴ族の土地)を1876年に訪れたイギリスの行政長官は、その驚きを次のように記している。

 「数年のあいだにフィンゴ族が成し遂げたきわめて大きな進歩に、感銘を受けた……どこへ行っても、しっかりした小屋やレンガあるいは石造りの家屋が見られた。多くの場合、レンガ造りの頑丈な家が建てられ……果樹が植えられている。流水が利用できる場所ではどこでも、水路が引かれ、灌漑が可能なかぎり土地は耕されている。山の斜面だけでなく、山の頂であっても、鋤が使える場所はすべて耕作されている。鋤き返された土地の広さには驚かされた。これほど広い耕地は何年も目にしたことがなかった」

 アフリカに誕生した経済発展の萌芽は、なぜ潰えてしまったのか。

 それは、アフリカ人による農業の成功で白人(ボーア人)の農業経営が圧迫されたことと、金鉱山などが安価な労働力を確保できなくなったからだ。そこでボーア人の国も、セシル・ローズの南アフリカ会社も、宗主国となったイギリス政府も、よってたかってアフリカ人の自生的な経済組織を叩き潰し、彼らを貧困化させようとした。

 サハラ以南のアフリカ中西部は、奴隷の供給源とされたことで人的資本を失い、伝統的なコミュニティが崩壊した。奴隷の積み出し港となった東部アフリカでは、ヨーロッパ人と結託した一部の現地人が富と権力を独占するようになり、歪んだ社会構造が定着してしまう。このような地域は、民主政治や経済発展に必要な制度を生み出すことがきわめて難しいのだとアセモグルとロビンソンは指摘する。

 こうした“負の歴史”とは無縁のボツワナは、社会的な条件さえ揃えばアフリカ人でも近代的な国民国家を建設し、運営できることを示した。その意味で、この国は「アフリカ人は劣っている」という差別・偏見への決定的な反証になっている。

 残念なのは、ボツワナと同じような歴史的な幸運に恵まれた国が、アフリカにはほとんどないことだ。

 

 

<橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊 『橘玲の中国私論』が発売中。
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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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