橘玲の世界投資見聞録 2015年7月2日

4年前と何も変わらないギリシア。世の中はかぎりなく残酷だ
[橘玲の世界投資見聞録]

社会階層によって経済危機の様相はさまざま

 「ギリシア危機」というと国全体が大混乱に陥っているように思えるが、経済危機の様相は社会階層によってまったく異なる。

 デモ隊が集結するシンタグマ広場のすぐ横に、グランデブルターニュ、キングジョージ、NJBアテネプラザという3つの超高級ホテルが並んでいる。私が訪れたときは、クリスマスが近いこともあって、どのホテルのロビーにもタキシートとイブニングドレスに身を包んだひとたちが集まり、華やかなパーティが開かれていた。デモ隊が行進するパネピスティミウ通りには高級デパートやブティック、ブランド店が並び、シャネルやグッチの大きな袋を下げた年配の女性が待たせてあったベンツに次々と乗り込んでいった。こういうひとたちはギリシアの銀行にお金を預けていないし、そもそも国を信用していないのだから、「国家の危機」になんの関心もないだろう。――ちなみに“危機”の影響でアテネのホテルの宿泊料金は暴落していて、通常なら夏の繁忙期は1泊10万円ちかくする超高級ホテルの料金も3分の1以下まで下がっている。

 アテネ市外は東西をリカヴィトスとアクロポリスのふたつの丘に挟まれている。観光地のアクロポリスに対し、リカヴィトスの丘は高級住宅地で、市街を見渡せる高台には白い瀟洒な邸宅が並んでいる。

 公園の脇などには洒落たカフェがあり、ビジネスマンや地元のひとたちがゆったりとランチを楽しんでいた。彼らもいまごろは自分たちの国を嘆きながら、アテネ市街の様子をテレビで見て、ATMに並ぶひとたちに同情したり、笑ったりしていることだろう。

高級住宅街のカフェでくつろく地元のひとたち      (Photo:©Alt Invest Com)

 

結局、自分の身は自分で守るしかない

 当たり前の話だけれど、無から有を生み出すことはできず、お金が足りなければ働いて稼ぐしかない。だがいったん自分の損得がかかわると、こんな常識はたちまちどこかに消えてしまう。

 自由と平等を語る左派(リベラル)でも、歴史や伝統・共同体を誇る右派(保守派)でも、「働けない高齢者のために働ける者が頑張ろう」というのが筋のはずだ。でもこんな生真面目な理想主義では誰も票を入れてくれないから、みんなに心地のいい約束をして権力を握るのがいちばん手っ取り早い。それでもっとひどいことになるかもしれないが、一時でも権力と名声を味わえるのなら、あとのことはどうでもいいのだ。

 でも、こういう無責任なポピュリストを選んだのも国民だから、けっきょくは自己責任ということになる。国民投票は責任から逃れるための方便で、ポピュリストたちは都合が悪くなればさっさと辞任して、自分たちはドイツやEUの被害者だと言い立てるにちがいない。――ギリシアのような競争力のない国がユーロに加盟したことが間違いだったというのはそのとおりだが、いまさらいっても仕方のないことだ。

 急進左派政権の誕生を、「新自由主義」や「グローバル資本主義」への異議申立てだといってほめそやしたひとたちもいた。

 スペインやポルトガル、イタリアでも緊縮財政に反対する左派勢力が台頭している以上、ギリシアの新政権がなにを主張しようと、EUに譲歩の余地がほとんどないことはわかりきっていた。チプラス政権は、国民投票で財政再建策にNOを突きつければ再交渉で有利になるといっているが、こんなことでEUが緊縮財政の要求を撤回するなら、他の南欧の国々も続々と国民投票をしようとするだろう。これはEUがぜったいに受け入れられない事態だから、財政再建策をギリシア国民が拒否すれば、交渉の余地なくすべての支援は打ち切られることになるだろう。

 ポデモスなどスペインのニューレフトは、最初はチプラス政権との共闘を叫んでいたが、ギリシアの惨状を見て態度を変えはじめたようだ。彼らが政権を握ることがあったとしても、ドイツ国民を納得させる術を持たない以上、ギリシアと同じことが起きるだけだ。その意味で、今回の騒動の唯一の“成果”は、南欧のひとびとに否応なく現実を突きつけたことかもしれない。

 ギリシアの混乱を見て暗澹とした気分になるのは、EU諸国もギリシアもスケープゴートを求めていることだ。

 ギリシアでは年金の受け取りが再開されたものの、引き出せるのは1日わずか120ユーロ(約1万6000円)だ。そのため多くの高齢者が未明から銀行の前に並んでいるが、彼らがひどい目にあえばあうほど、もうすこしマシな境遇のひとたち(アテネで盛んにデモをやっているような壮年男性層だ)も現実を思い知って、自らの「権利」の一部を放棄しても改革を受け入れるしかないと考えるかもしれない。それと同時に、年金を失った高齢者が路上に溢れ、次々と死んでいくようなことにでもなれば、ギリシア政府のEUに対する瀬戸際外交はずっと説得力を増すだろう。おぞましいことに、チプラス政権にとってはいまの状況の方がずっと望ましいのだ。

 そしてこれは、EU諸国の政治家にとっても悪い話ではない。ギリシアが目を背けるような惨状になってはじめて、自国の国民に寛容を説くことができるのだから。 

 

 そう考えると、現在の事態は予定調和的に最初から決まっていたようにも思えてくる。状況を打開するには、誰かが犠牲にならなければならなかった。その都合のいいスケープゴートはもちろん、理不尽な目にあっても文句をいえないひとたちだ。

 ひとはみんな、きれいごとばかり並べ立てて、不都合なことはすべて“敵”のせいにし、いざとなれば隣人を足蹴にしてでも既得権にしがみつこうとする。これはもちろんギリシア人だけを批判しているのではなく、日本人だってそうだし、私だって同じだ。

 それがこの世界の現実(リアル)なのだから、けっきょく、自分の身は自分で守るしかないというありきたりの結論に行き着くのだけど。

 「国家」に依存しているとどんな未来が待っているのか、寒々としたアテネの光景が教えてくれるはずだ。

アテネの土産物屋街を歩く老人。オフシーズンで閑散としていた      (Photo:©Alt Invest Com)

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊 『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。
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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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