鬱屈と怒りが小説の原点

 森村の小説には熱い怒りの火が燃えているが、それは9年余のホテルマン生活によって蓄えられた。森村によれば、社会の裏方に立つホテルに勤める人間の欲求不満は二重になるという。

 まず、「お客さまは神様」であり、絶対に反抗できない。従者ですらないホテルマンは自分を殺して黒衣役に徹する。そのため、従業員同士の人間関係は陰湿になる。お客にどなられて、そのウップンを部下に晴らすといった、こもったものになりがちなのである。

 ホテルマン時代、森村はさまざまな“神様”を見た。とくにマナーの悪いのはセンセイと呼ばれる人種で、酔って帰って、ロビーの観葉植物に馬のように放尿した時代小説作家や、ルームメイトを強姦しそこねた大学教授の名を森村はすぐにでも挙げることができる。

 権威ある文学賞を取ったばかりの新進作家にフロントで名前を尋ね、「天下の×××を知らないのか!」と怒鳴りつけられたのも、忘れられない屈辱の思い出だとか。

 森村は何とか、鬱屈した生活から脱け出したいと思っていたが、あるホテルで、そこを仕事場にしていた梶山季之と出会った。

「編集者が来たら渡してくれ」と言って梶山は、できあがった原稿をフロントにいた森村に託した。

 森村は第一番の読者として盗み読みした。連載小説を預かった時などは、自分で次号の筋を考え、梶山の原稿と比べるようになった。

 そして、ついには、梶山の外出中をねらって、支払いの悪い客の部屋をチェックする特権を利用して梶山(当時、支払いが悪かった)の仕事部屋に入り込み、どんな資料を使って書いているのか、盗み見たという。

「私は梶山さんのもぐりの弟子です」と森村が言うのは、こうした事情からだ。

 森村の地歩を固めた『人間の証明』の「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね―」という一節を覚えている人も多いだろう。これは西条八十の詩だが、森村は留年した自分探しの学生時代にこの詩に出会った。