僕がずっと取材を続けている元WBC、WBA暫定ミニマム級世界王者の高山勝成選手が17歳のころ、当時はまだ中学生だった興毅選手とスパーリングをする機会があった。

 おそらく、ボクシングという競技にそれほど造詣の深くない番組スタッフは、興毅選手が高山選手を圧倒する場面をとりたかったに違いない。だが、プロデビューしばかりとはいえ、後に世界の頂点にのぼりつめるプロボクサーに中学生が挑んだのだから、高山選手が一方的に興毅選手を攻め込んだのは当然だった。

 だが、後日に放映されたドキュメント番組のなかで、スパーリングの様子はほんの少し流されただけだった。画面はすぐに亀田家の風景になり、史郎氏が「おまえはあいつに根性で負けてるんじゃ」と息子を叱責する…。

 映像を見ながら、「もったいないな」と思ったことを覚えている。高山選手とのスパーリングで打ち込まれた様子を視聴者にそのまま提示したほうが、彼ら一家が人生をかけて挑もうとするボクシングというスポーツがいかに奥深くて難しいものか、単なる殴り合いやけんかの延長でないことを伝えられたのではないか。根性ではない、ボクシングの技術で負けていた、ボクシングとはそれほど難しいスポーツなのだ、と。

 だが、「亀田ブランド」は、ボクシングがもつ崇高さとは距離を置いたまま、肥大化していった。

控え室で見た涙

 あれは興毅選手にとって、プロ4戦目の試合だった。デビュー以来、3連続初回KOを飾っていた「浪速の闘犬」は、無名のタイ人を相手に消極的なボクシングでずるずるとラウンドを重ねてしまう。

 3ラウンドだったか、タイ人の左フックが興毅選手のこめかみを軽くとらえたシーンがあった。それほど強いパンチではなかったが、このあとの興毅選手はカウンターが怖くて前に踏み込めなくなったのだ。セコンドに戻ってきたときの彼は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 試合後、控え室へ戻った興毅選手はタオルに顔を埋めて泣いた。試合前のビッグマウスから一転、一つの言葉も報道陣に伝えることができなかった。テレビのスタッフもその場にいた。僕はこの試合を教訓に、陣営は焦らず、彼をじっくりと育てていくだろうと思った。