「責任の所在を曖昧にすべき」と新人を指導!
こうして無責任人事が作られていく

 日本の政治家も行政職員も、そして、企業のビジネスパーソンも、いつから素直な表現ができなくなったのだろうか。私は、行政や民間企業において、リスクや責任をできるだけ回避するために言い繕うことが、社会人として成熟した証だという、全く間違った教育が蔓延しているためではないかと思わざるを得ない。

 私自身、大手保険会社に勤務していた時代に、「当部の責任になるような表現をするな」、「責任の所在を明確にするな」、「ストレートな表現にせずに、さまざまな解釈ができるように表現せよ」という考え方を学び、そのように行動していた。つまり、自身の保身、所属組織の防衛の意識に昂じて、義務教育時代に学んだ、基本的な言動のあり方を忘れていたのだった。

 その後、社員200人の外資系IT企業に着任し、初めて企業の人事責任者となった後、上司の社長から、事あるごとに、こっぴどく、社員に対してコミュニケーションする際の表現を修正された時期がある。

 例えば、明らかに間違った内容を含む通知を発信してしまい、「内容に誤りがありましたので、○○のとおり修正させていただきます」と修正通知を出した。これに対して、社長から、「なぜ、おわびの言葉がないのですか。間違ったらまず謝る、そして修正するのが、あたりまえではないですか」と指導を受けた。

 あるいは、別の機会に、問い合わせが多数あった通知に対して、「誤解を与えてしまったとすれば申し訳ありませんでした。○○のように追加説明させていただきます」という追加の通知を出した。これに対して、社長から、「誤解を与えてしまったとすればと書かれていますが、社員から問い合わせが多数あったということは、事実、誤解を与えたのではないですか。誤解を与えた間違った表現で申し訳ありませんでしたと書くべきです」と指導を受けた。

 私には、責任逃れする気持ちも、間違いをごまかす意図も、全くなかったつもりなのであるが、考えようによっては、無意識的にそうした表現になってしまったとすれば、なお深刻な問題であると自覚した。

 口うるさい社長と自分との相性の問題で片付けようとする自分もいたが、「一挙手一投足に、社員を大事にしているという会社の方針を、体現してください!」と言い続け、それを自ら実践している社長の姿に、少しずつではあったが私自身も変わっていくことができた。そして、次の職場以降は、自身が他のメンバーへ、こうしたメッセージを伝える役回りを担っているつもりである。

 無意識に、責任逃れをする言動が出てしまうようになっては手遅れである。義務教育の教えに立ち返り、間違えに気づいたら正す、議論を尽くす、責任転嫁しない、屁理屈をこねないという基本行動のおさらいが不可欠である。

※社名や個人名は全て仮名です。本稿は、個人の見解であり、特定の企業や団体、政党の見解ではありません。