企業はさまざまな実験やテストを通して、製品や事業活動に磨きをかけている。しかし職場慣行やマネジメント手法については、厳密な実験に基づいていないことが多い。最良の慣行を「無作為対照実験」で見出すことのメリットを、ビジネス実験の専門家が説く。

 

 アマゾンについて報じた2015年8月の『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事は大きな反響を呼び、メディアの注目を浴びた(英語記事)。「アマゾニアン」(アマゾン社員)の一部は、過酷で無慈悲な同社の職場環境を描いた記述が正しいことを認めた。だが記事の信ぴょう性を疑問視する人もいる。その1人であるCEOのジェフ・ベゾスは従業員宛ての文書で疑念を表明した(英語記事)。

 私自身は、アマゾンで働いた経験のある学生や友人と交わした会話を思い出しながら記事を興味深く読んだ。記事がどのくらい実態を浮き彫りにしているかはさておき、不思議に感じたのは次の点だ。なぜアマゾンほどの企業が、業務やマネジメントの慣行を(私の知る限り)直感的に決め、適切なテストをせずにそれらを続けているのだろうか。データ主導の経営にこだわっているならば、生産性や従業員満足度、イノベーションの促進に最適な慣行を見つけるための「無作為対照実験」を、なぜやらないのだろうか。

 その他のさまざまな実験に関しては、企業はすでにうまくやっているように見える。自動車メーカーはコンセプトカーを開発し、食品メーカーは新しい食べ物やフレーバーをテストにかける。小売業者は商品の配置、店舗のデザインや雰囲気をテストする。製薬会社には新薬の効能や安全性を測る厳密な実験が欠かせない。アマゾンも、創業当初からあらゆることを実験してきた。さまざまな顧客サービス、テレビ広告実施の妥当性、無料配送や会員制度に関する各種方針もそうだ。だからこそ、業務・マネジメントの慣行や方針の検討に際し、ほとんどの企業で厳密な実験が実施されていないのは意外に思えるのだ。

 私は、自分のクラスを受講する数百人の企業幹部と話し、さまざまな業界に関するたくさんのケーススタディを調べているうちに、実験がなされない理由をいくつか突き止めた。

 まず、会社は従業員に「自分たちは実験台にされている」と思わせたくない。ましてや、実験によって「搾取する方法を探している」などという印象は与えたくない。さらに、実験から生じうる不平等にも懸念を抱いている。新しい慣行を試すグループ(実験群)にたまたま該当した従業員は、生産性やイノベーション、仕事への満足感などの点で恩恵を受ける可能性があるが、対照群(従来どおりの慣行を続けるグループ)の従業員はそのメリットを享受できないかもしれないからだ。

 こうした懸念が一因となり、対照実験は研究者と企業との協働の一環でしか行われてこなかった。個人的な経験から言うと、これらの取り組みは通常、企業が生産性や従業員エンゲージメントの低下、高い離職率などの問題を抱えている場合に行われる。しかし他の大小さまざまな業務慣行についても、厳密な実験から大きなメリットが得られるのだ。いくつか例を紹介しよう。