橘玲の世界投資見聞録 2015年11月5日

移民の「統合」に失敗したドイツが、
それでも移民を受け入れる特殊な事情
[橘玲の世界投資見聞録]

ドイツの「移民統合」の現状とは?

 それでは、ドイツにおける「移民の統合」はどのような現状なのだろうか。これについては2012年に、内務省がムスリム移民についての詳細な報告書を発表している。この調査は700人のドイツ在住のムスリム(市民権を持つ者と持たない者)への電話インタビューに、ムスリムの若者とのグループインタビューやインターネットフォーラム(掲示板)の分析などを加えた大規模なものだ。

 報告書によると、ドイツには総人口(8000万人)の5%にあたる400万人のムスリムが居住しており、そのうちおよそ半数がドイツの市民権を保有している。このムスリム移民にドイツ社会との「統合」について訊ねると、市民権を持つムスリムの78%、市民権を持たないムスリムの50%強が「統合に積極的」と回答した。

 市民権を持たないムスリムのなかにはドイツに出稼ぎに来ただけの者も多いだろう。彼らが、自分の生活をドイツ社会に「統合」する気がないのはある意味当然だ。

 それに対して市民権を持つムスリムは「ドイツ人」なのだから、大多数がドイツ社会に「統合」しようとしているのは、こちらも当然だ。この調査が衝撃的だったのは、市民権を持つ移民の20%、およそ40万人が「統合に対して懐疑的」とこたえていることだ。

 しかし、報告書がドイツ国内で激しい論争を引き起こしたのはこれが理由ではない。

 調査員は、14歳から32歳のムスリムの若者を選んで、彼らの宗教に対する意識を調べた。それによると、ドイツ市民権を持つムスリムの15%(市民権を持たない者の24%)が、以下のように評価された。

 「西欧の価値観に強い反感を抱くイスラーム原理主義者で、暴力を容認する傾向にあり、統合への意志が欠如している」

 これは要するに、「テロリスト予備軍」ということだ。こうした“危険な若者”がドイツ国内に10万人単位でいることを、内務省が公式に認めたのだ。

 この結果を受けて、内務大臣は「ドイツは移民の文化的アイデンティティを尊重する。ただし、権威主義や反民主的な狂信を受け入れることはできない。自由と民主政を否定する者の未来はここにはない」と述べた。また世論調査によれば、一般のドイツ人の58%(旧東ドイツにかぎれば75.7%)が、「ドイツ国内のイスラームの活動は大幅に縮小されるべきだ」と考えている(”Muslims in Germany: Study Hints that Mutual Suspicion Is Slowing Integration”Spigel Online International2012/03/01)。

 この意識調査を見るかぎり、ザラティンの本がベストセラーになる素地はじゅうぶんにあったことがわかる。フランスの「同化」やイギリスの「多文化社会」と同様に、ドイツにおける移民の「統合」もやはり大きな社会的軋轢を生み出していたのだ。

ドイツではトルコ系移民の「分離」が進んでいる

 ドイツにおけるムスリム社会の現状については、すこし古いが、読売新聞の三好範英氏がベルリン特派員としての体験を下に書いた『戦後の「タブー」を精算するドイツ』(亜紀書房)が参考になる(2004年3月刊。以下の記述は同書による)。

 ドイツの移民は1950年代の人手不足による「ガストアルバイター(ゲストワーカー)」から始まり、イタリア、スペイン、ギリシアに次いで1961年にトルコとのあいだで移民協定が締結され、最盛期は年間100万人ちかくを受け入れていた。それが70年代のオイルショックで風向きが変わり、83年には帰国促進法を制定して定住化しつつある外国人を減らそうとしたがうまくいかず、現在は人口8000万人のドイツに約800万人の外国人が暮らしている(そのうちの半数がムスリムであることは先に述べた)。

 こうしたなか90年代にはネオナチによる外国人への襲撃事件が続発し、統合後は旧東ドイツで移民排斥を求める政党が地方政治に影響力を及ぼすようになった。「極右」勢力は「移民は犯罪の温床」「生活保護を食い物にしている」と批判するが、『シュピーゲル』誌(2002年3月4日号)によれば、統計上はこうした主張には根拠がある。

 「ドイツ人と外国人の犯罪率を比較すると、外国人による犯罪数は、全体の犯罪数の20パーセント(外国人法、難民手続き法違反を除く)と、人口比を考えればかなりの高率を占める(2000年の統計)」

 「生活保護の受給率は、ドイツ人受給者の割合が3パーセントなのに対し、外国人の場合は9パーセント。生活保護受給者全体に占める外国人受給者の割合は23パーセントに達する(97年)」

 最大の問題は、ドイツ語を話せないトルコ系の子弟が増えていることだ。一般に、移民は二世や三世になるほど社会に同化していくが、ドイツでは逆にトルコ系移民の「分離」が進んでいる。一世は生きるために必死にドイツ語を覚えたが、いったん巨大なトルコ人コミュニティができあがると、ドイツ語をひと言も話さなくても生活できるようになるからだ。

 ドイツ最大のトルコ人街のあるベルリン、クロイツベルク区では、普通義務教育の上級段階である基幹学校(ハウプトシューレ/10~14歳で、日本では小学校5年から中学2年にあたる)の外国人の中途退学率は20%を超え、大学進学希望者が学ぶギムナジウムへの外国人進学率は低下している。また前記『シュピーゲル誌』によれば、1999年にギムナジウム卒業試験(大学進学資格試験)に合格した生徒は、ドイツ人生徒の集団では25.9%だが、外国人生徒全体ではわずか9.7%しかいなかった。その一方で、義務教育を終えていない生徒はドイツ人生徒が7.9%に対し、外国人生徒は19.5%に達する。

ベルリン、ポスダム広場のソニーセンター             (Photo:©Alt Invest Com)

 

 こうした教育水準の低さの原因は、ドイツ都市部の特定地区でトルコ人社会化が進行していることだ。


幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,500円(+税) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額800円+税
いますぐ試す(20日間無料)

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。