見事な経済発展をとげたイスラム教国のマレーシアやトルコ。にもかかわらず、イスラム社会は経済発展できないという通説が、いまだまかり通っているのはなぜなのでしょうか。中東研究家の尚子先生がわかりやすく解説します。
パリでの同時多発事件、ロシア戦闘機撃墜事件など、中東情勢はめまぐるしく変化していますが、こんな時こそあえて地道に中東を理解するための基本を紹介したいと思います。今回と次回は、イスラム経済について説明します。
昨今、イスラム経済というと、イスラム銀行やイスラム金融商品、ハラール(イスラム教徒が食べてもよいとされている食品)認証などへの関心がたかまっています。こうした具体的な事例を挙げながら、イスラム教が資本主義や自由主義を否定しているのかについては、次回検討したいと思います。
今回はその前段階として、イスラム世界と経済に関する基本的な考え方(正確にいうと「考えられ方」かもしれません)を説明していきます。
プロテスタントの倫理観が資本主義発展を支えた!?
そもそも、どうしてイスラム教、つまり宗教と経済発展が関係しているのでしょうか? 宗教色が薄いといわれる日本人にとっては、「よくよく考えるとなぜ宗教と経済に関係があるの?」と、最初の一歩からつまずいてしまいがちです。
宗教と経済発展の関係性についての議論でもっとも有名な書といえば、マックス・ウェーバー(1864~1920年)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でしょう。西欧の経済発展については、同時代のマルクス(1818~1883年)が上部構造(政治や法律)と下部構造(経済)という概念を用いて説明していたのに対して、ウェーバーは宗教という視点から分析してこの疑問にこたえようとしたのでした。
彼は資本主義がオランダ、イギリス、アメリカなどのプロテスタントの一派であるカルヴァン主義の影響が強い地域で早くから発展し、イタリアやスペイン、彼の祖国であるドイツ(カトリックとプロテスタントは同じぐらいの比率)など、カトリックの影響が強い地域では発展が遅れたことに着目しました。
そして彼は蓄財を肯定し、現世の職業を天職として勤勉かつ質素に暮らす人が救済されると説いた、プロテスタントの禁欲的な倫理観こそが、資本主義的な企業家の行動規範となり、初期の資本主義発展を支える一要因となったと論じたのでした。
その後、ウェーバーはヒンズー教、仏教、儒教、イスラム教、ユダヤ教についても比較検討し、これらの宗教はいずれも資本主義発展を支える要因を提供するものではなかったと議論したのでした。
彼がこの当時、どれほど他の宗教に関して正確な情報を持ちえていたのか、そして彼には他の宗教に対する偏見はなかったのかなど、議論になりそうな点は多々あると思われます。ですが、経済発展に関する議論に宗教を関係づけて分析を行なったという意味で、ウェーバーの議論はのちの経済・社会発展の議論に大きな影響を及ぼしたことは明らかです。

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