「住所不定者」が
年10万人生まれる時代

 生活費補てんのため、偽装結婚する人がいるかと思えば、何もかも失った揚句、命と引き換えに名前を売ってしまう人もいる。

 その多くは、今の社会に生きづらさを感じている人々だろう。定職を持てないワーキングプア、家賃を滞納しネットカフェで暮らさざるを得ない人、派遣切りされたひとり親、オーバーステイの外国人女性たち――

 もちろん、いくら経済的に困窮していても、家族やパートナーがいれば、戸籍売買することにためらいを感じるのが普通だ。だが、こうした係累を持たない場合は、自分の戸籍をどうしようが、とやかくいう人は誰もいない。「じゃあ、戸籍でも売るか」と、気軽にネットの書き込みに応じる気になったとしても不思議はない。

 彼らは何も特別な存在ではない。誰もがいつ、どんなきっかけで社会から孤立しないとも限らない時代だからこそ、社会と個人をつなぐ絆「戸籍」が商品化されてしまうのだろう。

 貧困や自殺問題と取り組む、「寺ネット・サンガ」の代表、中下大樹さんは次のように話す。

「住民票のない人が年間10万人も生まれていることをご存知ですか。みんな、借金から逃れようと夜逃げしたものの、足がつくことを恐れ、新しい住民票を作れずにいるんです。もちろん、健康保険証も作れない。でも、子どもが熱を出せば、病院に連れて行かざるをえない。しかたなく偽造する人もいますよ。

やがて、こうした人々が行き詰り、自殺に追い込まれることもあります。彼らが逃げ隠れしなくてすむ、法制度の整備や体制づくりが必要です。

戸籍ビジネスそのものは、ひとつの現象に過ぎません。ほんとうに解決すべきなのは、これだけ大勢の人々が社会から孤立し、はみ出していく構造そのものの改善ではないでしょうか」

 鳩山政権は終焉を告げたが、今後いよいよ戸籍売買が横行するようになっては日本も終わりだ。それを本当に食い止めることができるのは「下からの友愛の力」なのかもしれない。


※昨年11月から半年以上にわたり続いてきたこの連載も、今回で終了です。これまでご愛読いただいた皆様、ていねいに取材に応じていただき、ご教示いただいた多くの皆様、本当にありがとうございました。この場を借り、心から感謝申し上げます。