橘玲の世界投資見聞録 2015年12月30日

先進国で強まる課税逃れ防止策の強化とタックスヘイヴン
[橘玲の世界投資見聞録]

タックスヘイヴンの金融資産に対する課税をどうするのか?

 タックスヘイヴンに隠された金融資産にどのように課税するのか。これについてズックマンは、これまでの国際社会の取り組みにはほとんど効果がなかったと辛口の評価をする。

 初期のタックスヘイヴン対策は、海外の税務当局から問い合わせがあれば答える、というオンデマンド型の情報提供に応じることだった。しかしこれは調査対象者がタックスヘイヴン国に口座を保有している証拠が必要だし、スイスなどでは消極的脱税は違法行為とは見なされないから、「照会基準に該当しない」といわれてしまえばそれまでだ。

 だが問題はこれだけではない。ズックマンによれば、真の災厄はタックスヘイヴン国がこの無意味な規制を受け入れることでOECDのブラックリストからなんなく抜け出したことだ。タックスヘイヴン対策はタックスヘイヴンを「合法化」し、彼らのビジネスを太らせただけだった。

 その反省から、現在はオートマティック型の租税情報交換が主流になっている。顧客(それぞれの国の居住者)の口座情報を当該国の税務当局に自動的に提供する制度はオンデマンド型よりも効果はありそうだが、これであぶりだされるのは小口の顧客だけで、真の富裕層にとっては、信託や財団、ペーパーカンパニーを使って情報交換の適用対象から外れるのはかんたんだという。

 アメリカが鳴り物入りで導入したFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)は、海外の金融機関に対し、米国籍を持つ顧客の情報をIRS(内国歳入庁)に提供するよう義務づけるものだ。しかしその罰則はアメリカ市場で得た取引に30%の懲罰的な源泉徴収課税を行なうだけで、もともと米国内で取引していない金融機関に対してはなんの効果もないと、ズックマンは批判する。

 しかしそのFATCAもEUが導入した貯蓄課税指令よりはずっとマシだ。これはヨーロッパの金融機関に対し、EU居住者の口座情報を当該国の税務当局に提供することを義務づけるものだ。しかしズックマンは、この制度は利子(すなわち銀行預金)しか対象にしていないため、株式や債券、ファンドなど配当の支払われる金融商品に乗り換えることでかんたんに規制を逃れることができるという。

 さらにEU全加盟国が同一条件で参加したわけではなく、(EU内のタックスヘイヴン国である)ルクセンブルクとオーストリアは特別な枠組が認められ、顧客情報の提供の代わりに利子の35%に源泉課税し、その4分の3を当該国に(顧客に代わって)収めることで守秘性を維持することが認められた。この結果、スイスなど他のタックスヘイヴン国にも同じ条件を認めるほかなくなったのだ(2015年1月にEUのこの特例は廃止され、スイスとも2018年から口座情報を交換するよう協議中)。

 だが最大の問題は、FATCAと同じく、この規制が個人にしか適用されないことだ。

 2004年末に、スイスの銀行口座のうちヨーロッパ人の実名によるものが25%、法人(ペーパーカンパニー名義)が50%だったが、EU貯蓄課税指令の源泉徴収がスタートした2005年末には、実名口座が15%(10%減)、法人名義が60%(10%増)になった。BVI(ブリティッシュヴァージンアイランズ)のペーパーカンパニーやリヒテンシュタインの財団に資金を移すことで、大物はみんな逃げ出してしまったのだ。

 このようにタックスヘイヴン規制にはほとんど効果はない。だったらどうすればいいのか?

タックスヘイヴンの問題点とは?

 経済学者であるズックマンは、タックスヘイヴン国における金融ビジネスを否定しているわけではない。問題なのはそれが周辺国の公正な徴税を阻害し、損害を与えていることだ。

 タックスヘイヴン国の金融機関が競争上の優位を確保できるのは、守秘性の壁によって顧客情報が守られているからだ。この壁は法によってつくられているのだから、これはいわば金融機関への補助金(非関税障壁)と同じだ。

 だとすれば、「タックスヘイヴン国には貿易制裁で対抗すればいい」とズックマンはいう。たとえばドイツ、フランス、イタリアの居住者はスイスの金融機関に合計5000億ユーロ(約65兆円)の資産を保有し、この3カ国はそこから150億ユーロ(約2兆円)の税収を失っている。そこから逆算すると、この3カ国はスイス製品に30%の懲罰的関税を課す権利を持つことになる。もしこのような制裁が実現すれば、スイスはもはや守秘性を維持するメリットはなくなるのだから、租税の透明性はすみやかに実現するだろう。

 ただしこの手法にはひとつ重大な欠陥がある。ヨーロッパの代表的なタックスヘイヴンのうち、ルクセンブルクがEU加盟国(というかEU創設メンバーのひとつ)であることだ。EU加盟国に対しては、このような懲罰的な関税を課すことは禁じられている。

 この問題に対するズックマンの解決策はさらに大胆だ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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