橘玲の世界投資見聞録 2016年1月7日

2016年はどんな年になるのか? 
テロの脅威、中国経済の失速、米大統領選、日本経済は…?
[橘玲の世界投資見聞録]

 ただしそうなっても中国共産党の独裁が崩壊したり、中国が民主化したりすることはない。経済成長によって北京や上海、広州などの沿海部に膨大な中産階級が生まれたが、彼らは政治的な混乱によって既得権をリスクにさらすことを好まないし、地方と都市部の経済格差が大きく開いている以上、一人一票の民主的な手続きで統治者を選ぶことになんの魅力もない。もしも中国で民主選挙が行なわれたとしたら、権力を握るのは都市部(沿海部)の富を収奪して地方(内陸)への大規模な所得移転を約束するポピュリストに決まっている。

 このようにして中国のひとびとは、自由を求めつつも共産党(毛沢東王朝)による独裁を受け入れざるを得ないという罠にはまっている。そして残念なことに、この罠から抜け出す道はまったく見えないままだ。

 本稿執筆時点で北朝鮮の水爆実験が報じられている。これが東アジアの安全保障に対する大きな脅威となることは疑いないが、北朝鮮の独裁政権の命運は完全に中国に握られており、中国が貿易や金融をシャットダウンすればたちまち崩壊してしまう。国際社会では北朝鮮の“不祥事”は中国の責任と考えられており、習近平は軍事行動などの暴走を許さないだろう。

 韓国と北朝鮮の経済力にはいまではとてつもない差が生じており、北朝鮮が崩壊すれば韓国によって併合されることは間違いない。中国がこれを好まないのなら、私たちはこれからもこの奇怪な独裁国家を隣人とせざるを得ない。体制転換の機会を逸した北朝鮮のひとびともまた罠にとらわれているのだ。

原油価格が上がる理由は見当たらない

 「人類史上最大」と呼ばれたバブルの果てに中国経済が減速しはじめた以上、資源価格がかつてのように高騰することはとうぶんあり得ない。とりわけ石油・天然ガスはシェール革命というイノベーションによって供給力が大幅に増したのだから、その影響はきわめて大きい。

 原油価格が50ドルを割った2015年初頭に、ほとんど専門家は「年末にかけて価格は上昇する」と予想した。この価格水準では産油国の財政が維持不可能で、各国が協調して生産調整が行なわれるはずだというのがその理由だが、現実には各国の利害が対立して市場への供給は逆に増え、価格はさらに下落した。

 なぜ専門家の予測が外れたかというと、これが典型的な囚人のジレンマであることを見逃したからだ。生産調整によってコストを上回る価格を維持するのがもっとも合理的であったとしても、OPEC(石油輸出国機構)に加盟していない産油国は増産して高い価格で原油を売ることができる。この「裏切り」を防ぐ方法がない以上、「協調」が成立しないのはゲーム理論的には必然なのだ。

 ロシアの財政は原油価格1バレル=100ドルを前提としているから、価格が半分になれば販売量を倍にしなければ財政が維持できなくなる。産油国が財政赤字を減らすために増産し、イランは制裁解除によって原油輸出を再開し、アメリカも40年ぶりに原油輸出を解禁するのだから、原油価格が上がる理由は見当たらない。

 1バレル=40ドル割れという価格では、石油収入に頼る資源国のなかには財政を持ちこたえられなくなるところも出てくる。破綻候補の筆頭は原油収入が輸出の96%を占めるベネズエラで、デフォルトは時間の問題とされている。そのベネズエラに中国国家開発銀行は約370億ドル(約4兆5000億円)もの融資を行なっているが、デフォルトということになれば巨額の損失が発生する。国家開発銀行は他の資源国にも同様の融資を行なっているから、不良債権問題が経営の根幹を揺るがす事態になりかねない。

 ベネズエラにつづいてロシアやサウジアラビアなどでも原油価格下落の影響は深刻化してくるだろう。

 ロシアはプーチンの政治力で国民の不満を押さえ込んでいるが、そのためにはクリミア併合やIS掃討など、つねに外敵をつくりつづけなければならない。ナショナリズムの高揚によって政権を維持するこの戦略は、いうまでもなくきわめて危険なものだ。

 今年になってスンニ派のサウジアラビアとシーア派のイランの対立が顕著になったが、サウジアラビアもまた同じ構図にはまり込んでいるように見える。まず、アメリカが原油輸出国になったため、(これまでは最大の顧客であった)アメリカの意向に配慮する必要がなくなった。さらに王室による独裁の正当性をイスラーム原理主義(サラフィー主義)に求めるという特異な権力構造によって、国民の経済的不満が高まれば宗教原理主義的な強硬路線をとらざるを得なくなる。

 湾岸産油国の財政に問題が生じれば、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートなどからの資金供給でなんとか息をついでいるエジプト経済に致命的な打撃を与えるかもしれない。

 軍政に復帰して以降も相次ぐテロで観光客は激減し、エジプト社会は安定には程遠い。大国エジプトでふたたび大規模な混乱が起こるようなことになれば、アラブ世界全体が不安定化し、ISのような原理主義の過激派が勢力を伸張する恐れがある。原油価格が上昇することがあるとしたら、サウジアラビアの王制が転覆するなどの地政学的リスクが顕在化したときだろう。

 原油と同様に、中国経済の減速によって鉄鉱石や銅などの価格も大きく下落した。その影響を受けるのが南米やアフリカの資源国で、昨年からアフリカ(サブサハラ)で内戦が激化しているのは分配できる富が少なくなったからだろう。8月にはブラジル(リオデジャネイロ)でオリンピックが開催されるが、そこまでは持ちこたえたとしても、インフレと通貨(レアル)の下落でいつ大規模な経済的混乱が起きたとしても不思議はない。

日本経済は「管理された財政破破綻」へ?

 先にも述べたように、これらはすべて構造的な問題だから、構造そのものが変わらないかぎり、なにが起きるかはかなりの確率で予測できる。そのなかで予想が難しいのが、早ければ今年6月に行なわれるEU離脱をめぐるイギリスの国民投票で、(イギリス国民が孤立を選ぶことはないと思うが)もしも離脱になればEUという「ヨーロピアンドリーム」を深く傷つけることになるだろう。

 イギリスがEUから離脱すればスコットランドの独立運動にふたたび火がつき、グレートブリテンは解体に向かうかもしれない。スコットランドが独立すれば、スペインのカタルーニャやバスクの独立運動が燃え上がるのは間違いなく、ここでもヨーロッパは時限爆弾を抱えている。

 年末にはアメリカ大統領選があるが、現在の共和党候補の惨状を見るかぎりヒラリー・クリントンが順当に米国史上初の女性大統領になるのだろう。オバマ政権との政策のちがいもさほどなく、議会での共和党との対立の構図もそのままで、米国政治は有権者が幻滅しつつも低位安定がつづくのではないだろうか。その意味で、アメリカは政治も経済も相対的に優位にある。

 最後に日本だが、アメリカのFRB(連邦準備理事会)が利上げに踏み切ったにもかかわらず、日銀はいまだに「金融緩和でデフレ脱却」と国債を買いあさっている。今年後半になればリフレ政策が砂上の楼閣だったことが明らかになり、財政の持続性への不安が顕在化する可能性がある。安倍政権としてはその前に政治的な勝負に出たいはずで、懸案だった従軍慰安婦問題を決着させ、3月の核安全保障サミットや5月の伊勢志摩サミットで外交成果をアピールし、7月の参院選(あるいは衆参同一選挙)で憲法改正可能な議席を目指すことになるだろう。

 日本経済の将来を考えるうえで興味深いのは、2015年12月15日の日経新聞朝刊「経済教室」に掲載された、アメリカの二人の経済学者(アダム・ポーゼン、オリバー・ブランシャール)による「名目賃金、5~10%上げを」という提言だ。

 両氏は、日銀によるリフレ政策はすでに失敗しているとして、日本経済に必要なのはマイルドなインフレではなく巨額の財政赤字を処理する「インフレ税」だという。これはいわば、「管理された財政破綻」によって人為的に高率のインフレを発生させ、国家の借金を国民の負担で棒引きにする方法だが、日本の財政赤字はすでに歳出削減のような穏当な方法で処理できる限界を超えているため、過酷な緊縮財政よりもインフレ税の方が最終的な打撃は小さくなるのだという。

 ギリシアの混乱を見てもわかるように、財政健全化は年金や医療保険などの社会保障の削減が不可欠で、社会を動揺させ政治的にも大きな困難をともなう。だったらリフレではなく、(管理された)高インフレにしてしまえばいい、という提言だ。――両氏が想定しているのは9%から10%台前半のインフレ率だ。

 2%のリフレにも失敗したのに、どうやって10%のインフレにするのか。ここで両氏は、政府主導で名目賃金を5~10%上げることが最善だという。もちろん政府は民間の経営には介入できないので、まずは公務員や政府が管理する公共部門の賃金を大幅に引き上げる。それによって公的部門に人材が集まれば、労働市場が逼迫して、民間部門も賃金を引き上げざるを得なくなる。こうして名目賃金が上がれば、それを調整するために(実質賃金を一定にするために)物価が上昇し、高インフレが実現する、という筋書きだ。そのためには日銀は、16年(今年)は1桁台後半(8~9%)のインフレ目標を設定し、それを達成したらその後は徐々に引き上げていくべきだという。

 こうした手法が政治的に可能とは思えないが、「リフレ政策による税収増で財政健全化」が絵に描いた餅である以上、「高インフレによる債務処理」というアイデアが出てくるのは当然のことだ。

 来年(2017年)4月に消費税率が10%に引き上げられるが、財政の専門家は、財政赤字を持続可能にするには消費税率は欧州並みの20~25%にする必要があるとの見解で一致している。「増税+歳出削減」か「管理された高インフレ」かの二者択一しなかいのなら、政治的により痛みが少ない後者を選択することになったとしてもさしたる驚きはない。

 今年後半になれば、こうした動向もすこしずつ見えてくるのではないだろうか。


 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊は、『「読まなくてもいい本」の読書案内』(筑摩書房刊)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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