管理不在の行き過ぎが残業を放任
裁量をはき違えるな

 ある程度の裁量を与えて、のびのびと仕事をさせることは、もちろん大事なことだ。ただし、残業を自由にさせて、出社時間と退社時間にまで裁量を与えることは、基本的には賛成しかねる。社内外のクライアントが業務をし始める時間に業務を開始し、基本的に定時で業務終了する。残業する場合は、指示があって行う。この当たり前のプリンシパルが、「社員に裁量を与える」という名の下に崩壊しているといわざるを得ない。

 もちろん、裁量労働の対象となった社員は、出社時間と退社時間の裁量を与えられる。しかし、裁量労働対象者となったとたんに、何が変わったかといえば、出社時間が遅くなったこと、それについて何も言われなくなったこと、相変わらず同程度の残業をしていること、残業代が払われなくなったことだけである――というような状況がいかに多いことか。この状況は、裁量労働の下、自己管理している状況とはほど遠く、「単に自身に都合の良いように勝手をさせています」という放任状態としか思えない。

 このように、残業常習者がはびこってしまう状況は、彼らのマインドの問題である。そして、つきつめれば、このようなマインドを放置し、社員に勝手をさせてしまったマネジメントの問題である。裁量を与えることを、社員に勝手をさせることだとはき違えた、マネジメント不在の問題と言えよう。

 従って、マネジメントなきマネジメントを変えなければ、残業常習者のマインドは変わらない。残業常習者のマインド変わらなければ、いくら残業時間の管理と健康管理義務のガイドラインを遵守しようとしても、形ばかりのものに留まってしまうのだ。

※社名や個人名は全て仮名です。本稿は、個人の見解であり、特定の企業や団体、政党の見解ではありません。