佐藤 日本を代表するグローバル企業といえば、トヨタ、ソニー、パナソニックなどもあります。どの日本企業も興味深いマーケティングの課題を抱えていると思いますが、なぜANAが選ばれたのでしょうか。

チュン ハーバードの教員がケースを執筆するとき、企業の知名度よりも、企業が抱えている課題のほうに注目します。他の日本企業も同じような課題を抱えていたかもしれませんが、私はたまたま日本でANAを取材することができたので、ANAの事例を教材にしたのです。

佐藤 マーケティングの授業では他にどのような企業が取り上げられますか。

チュン ナイキ、ユニリーバ、ペプシコ、アップル、シャトーマルゴーといった有名企業の事例もありますが、アクアリサ、バイオピュアなど、世界的にあまり知られていない企業の事例も取り上げていて、多彩なラインアップとなっています。

国際線の顧客にはまだ知名度が低いANA

さとう・ちえ
1970年兵庫県生まれ。1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。報道番組や音楽番組のディレクターとして7年間勤務した後、2000年退局。 2001年米コロンビア大学経営大学院卒業(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、2012年、作家/コンサルタント として独立。2004年よりコロンビア大学経営大学院の入学面接官。近年はテレビ番組のコメンテーターも務めている。主な著書に『世界最高MBAの授業』(東洋経済新報社)、『世界のエリートの「失敗力」』(PHPビジネス新書)、『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書) 
佐藤智恵オフィシャルサイト

佐藤 その中に2014年、日本企業の代表としてANAが加わったということですね。授業では主にどのようなテーマについて議論するのでしょうか。

チュン 取材の過程で、ANAが、「人口の減少に伴う国内市場の縮小」という問題に直面していることを知りました。それに加えて、国内市場での競争も激化しています。LCC(格安航空会社)が参入し、ANAやJALといった日本の大手航空会社は、激しい競争にさらされるようになりました。さらに日本には確固とした鉄道網があります。鉄道会社は今よりももっと早く輸送する手段を開発していくことでしょうから、そうすれば、さらに航空会社を脅かすことになるでしょう。

 ANAは、いまも売上の3分の2を国内市場から得ています。歴史的に日本の航空会社は国際線に注力する必要はありませんでした。なぜなら国内市場という確固とした成長市場があり、国内線だけで十分儲かったからです。しかし、その国内市場が縮小し、競争も激化する中、ANAはグローバル市場に積極的に進出する必要に迫られています。

 ANAは国際線の顧客にはまだ知名度がありません。そこで、まずブランドを確立しなければなりませんが、それは簡単なことではありません。さて、ANAはどうすればいいだろうか、というのが、大きなテーマです。

佐藤 アジアの他の航空会社と比べて、なぜANAはグローバル化が遅れたのでしょうか。

チュン シンガポール航空、エミレーツ航空、大韓航空等と比較してみましょう。シンガポールもドバイも韓国も国土が狭く、国内線ビジネスのニーズが見込めなかったことがあります。これらの航空会社が早々に国際線に進出したのは、それしか選択肢がなかったからです。そもそも国際線で顧客を獲得しなければ、成長することができなかったのです。ANAは国内で十分成長することができた。そこが大きな違いだと思います。