橘玲の世界投資見聞録 2016年1月29日

極右もみんなリベラルになった社会で
「保守派」の役割を考える
[橘玲の世界投資見聞録]

過去35年でレイプ犯罪は80%も減少した

 権利革命の次の舞台は女性に対する暴力、とりわけレイプだ。

 モーセの十戒は「汝、姦淫するなかれ」とはいうものの、「汝、強姦するなかれ」とは命じない。ユダヤ古代社会では、女性は夫の所有する財産目録のなかで、家屋の後ろ、奴隷と家畜の前に置かれていた。レイプは女性に対する犯罪ではなく、その女性の父親や夫の財産を奪ったことが罪とされた(娘の処女性を父親から盗んだレイプ犯は、被害女性を自分の妻として買い取ることで罪をあがなうことができた)。こうした女性の扱いはユダヤ社会だけでなく、キリスト教社会やイスラーム、アジアやアフリカなど古今東西どこの文化でもほぼ同じだ。

 差別的な女性観は現代までつづいており、女性は「もらわれた」ことを婚約指輪で周囲に知らせ、結婚式では父親から夫に引き渡される。1970年代までは夫婦間のレイプはどの国でも犯罪とはみなされなかったが、これは自分の持ち物をどうしようと本人の自由だからだ。

 だが数千年つづいたこの理不尽な文化も、1970年代のフェミニズム第二波によって変わりはじめる。

 1971年のスタンリー・キューブリックの映画『時計仕掛けのオレンジ』では、主人公は女性をその夫の前でレイプすることに快感を覚える。この作品について『ニューズウィーク』は、「人間の性格を最も深いレベルで限りなく探求したものであり、真に人間らしいとはどういうことかを表明したものだ」と称賛したが、これは当時としては一般的な映画評だった。だがフェミニストのスーザン・ブラウンミラーは、映画もその映画評も男性の一方的な視点によるもので、「(主人公が自分のこころのなかにある)願望をあらわしてくれているなどと思う女性は一人だっていない」と批判した。

 それから40年経って、いまでは大衆文化でレイプが肯定的に描かれることは皆無になった。この変化をもっとも象徴的に表わしているのが、大量殺人からロリコンまで若い男性のありとあらゆる妄想を集めたコンピュータゲームだとピンカーはいう。1980年代以降のゲームの内容を分析すると、そこではひとつの都市をまるごと破壊する“ジェノサイド”は許されても、キャラクターに別のキャラクターをレイプさせるものはひとつもなかったのだ。

 アメリカでは1970年代から犯罪全般が減少しているが、そのなかでも過去35年間でレイプ率は80%も減っている。かつてはレイプが真剣に取り扱われなかったり、女性がレイプを訴えるのをためらったことを考えれば、実際の減少率はこれよりさらに大きいだろう。

 なぜレイプは急速に減ったのか。これはもちろん、女性に対する暴行を根絶しようとするフェミニスト運動が警察や司法を動かしたからだが、それと同時に、女性の社会進出によって西洋文化がどんどんユニセックス化していることも大きい。1970年から1995年までのアメリカの大学生男女の意識について調べると、「女性は自分の権利を心配するよりも良妻賢母になることを考えるべきだ」などの質問項目に対し、1990年代前半の男性は、1970年代の女性よりも高いフェミニスト意識を持っている。先進国では、いまや誰もがフェミニストなのだ。

 この歴史的変化にともなって、妻に対する暴力(ドメスティック・バイオレンス)も急速に減っている。

 アメリカでも日本でも、つい最近まで夫が妻を殴ることは犯罪とは見なされなかったし、不倫をした妻を殺すことには情状酌量の余地があると考えられてきた。実際、1987年には「夫が妻をベルトやステッキで殴るのは悪いことだ」と考えているアメリカ人は全体の半分しかいなかったが、それが10年後の97年には86%まで大きく増えた。同様に、いまでは80%以上のアメリカ人がDVを「社会的にも法的にも非常に重要な問題」と考え、99%が「夫が妻を負傷させた場合は法的介入が必要」と回答している。レイプと同様にこの20年間で、女性への暴力に対する社会の価値観は大きく変わったのだ。

 女性の権利拡大は、じつは男性にも大きな恩恵を及ぼしている。1976年から2005年までの約30年間で、男性が妻や元妻、ガールフレンドに殺される割合が6分の1に減ったのだ。

 なぜフェミニズムが夫殺しを減らすのか。その理由は、DVシェルターなどの法的・行政的保護によって、夫(パートナー)からの暴力や脅迫に耐えかねた女性が殺人以外の逃げ道を見つけることができるようになったからなのだ。

子どもはかつてよりはるかに生きやすくなっている

 人種や性別を理由にした暴力の減少と並んで大きな変化が起きたのは、子どもの権利の拡大だ。

 伝統的な狩猟採集社会はもちろん文明社会でも、出産直後の子殺しは当たり前のように行なわれていた。新生児殺しの理由の多くは経済的なもので、避妊や中絶のなかった時代には、家族全員を食べさせていくことができなければ赤ん坊を間引くほかなかった。

 ユダヤ教やキリスト教では、生命は神の所有物で、子どもの命は親のものではないという理由から子殺しが禁じられていたが、このタブーは実際に行なわれる大量の子殺しと共存していた。中世史家によれば、裕福な家庭に生まれる子ども数は平均5.1人、中流家庭で2.9人、貧しい家庭で1.8人だったが、これは妊娠数とは関係なかった。1527年にフランスの僧侶は、「便所ではそこに投げ込まれた子どもたちの泣き声が響き渡っていた」と記している。

 中世後期から近代前期にかけてようやく子殺しが社会問題になったが、その改善策は未婚の女中の胸を調べて、乳汁が分泌している徴候が見つかれば子殺しの罪を犯したとして死刑にしたり(ほとんどが仕えている家の主人によって妊娠させられていた)、幼少期を生き延びた子どもを救貧院に送ることだった。その救貧院はディケンズが『オリヴァー・ツイスト』で描いたような劣悪な環境で、「哀れな幼児はたいていあの世に召されて、この世で知りもしなかった父祖の墓に葬られる」ことになった。1862年のあるイギリスの検視官は、「警察は死んだ犬や死んだ猫を発見するのとまったく同じような感覚で、死んだ子どもを発見しているように見えた」と書いている。

 ところが現在(2007年のアメリカ)、430万の出生数に対して殺された赤ん坊の数は221人で、新生児殺しは過去全体の平均値の2000分の1から3000分の1にまで減少している。これは避妊や中絶という「テクノロジー」が進歩したからであり、子どもに対する価値観が変わったからでもある。

 子ども観の変化を象徴するのが、子育てにともなう体罰が「虐待」と見なされるようになったことだ。

 中世においては子どもは「小さな悪魔」で、体罰によって「悪魔をそいつから叩き出す」のが当然と考えられていた。この子ども観にパラダイムシフトを起こしたのが啓蒙主義の時代のジョン・ロック『教育論』(1693年)とルソーの『エミール、または教育について』(1762年)で、子どもは「白い紙(タブラ・ラサ)」のように教育によってどのようにでも成型できるものであり(ロック)、大人は善悪のルールで子どもをしつけるのではなく、自然と交わったり経験から学んだりすることを許すべきだとされた(ルソー)。

 だが実際には、イギリスでは1908年まで10代の多くの子どもが放火や押し込みなどの微罪で吊るされつづけ、ドイツの子どもたちは「素直でないと、定期的に、猛烈に熱い鉄のストーブの前に座らされたり、寝台の支柱に何日も縛りつづけられたり、冷たい水や雪のなかに投げ入れられたりして『強化』され」ていた。

 だが1946年にベンジャミン・スポックの不朽のベストセラー『スポック博士の育児書』が出たことで、「鞭を惜しめば子どもをだめにする」という考え方は劇的に変わった。変化はまずヨーロッパから始まった。

 1950年代のスウェーデンでは親の94%が尻叩きをしていたが、1995年には33%まで3分の1に減っている(毎日尻叩きをする親は33%から4%にさらに大きく減少した)。ドイツでは1992年の時点で81%が子どもを平手打ちし、41%が子どもの尻を棒で叩き、31%が子どもの体にあざができるまで殴っていたが、2002年にはそれぞれ14%、5%、3%まで減少している。アメリカにおいても、2005年時点で(共和党支持の)南部では85%が尻叩きを容認するものの、(民主党支持の)北部では50%ちかくまで減っている。

 こうした流れを受けて、1979年にスウェーデンは尻叩きを違法とし、他の北欧諸国もそれに追随し、国連とEUは加盟国すべてに尻叩きを廃絶するよう要請した。

 アメリカ人の大多数は現在でも子どもへの体罰を容認しているとしても、殴ったり蹴ったりするような「虐待」とは明確な一線を引いている。1976年に児童虐待を「この国の深刻な問題」と考えるひとは10%だったが、10年後の1985年には90%にまで上昇した。これが口先だけでないことは、1990年から2007年までのあいだに身体的な児童虐待の割合が半減し、暴行、強盗、レイプなど子どもに対する暴力犯罪の発生率も3分の1から3分の2ほど減っていることで確認できる(家出や妊娠、警察沙汰、自殺の割合も減少した)。

 子どもが家庭での暴力から守られるようになったのと並んで、学校でのいじめも根絶の対象とされるようになった。現在では44の州で学校でのいじめを禁じる法律が制定されており、その成果かどうかは別にして、ケンカや校内での恐怖、窃盗や性的暴行といった犯罪の発生率もすべて下降している。「子どもはもう安全だというのは早計だが、かつてよりはるかに生きやすくなっているのは確実」なのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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