橘玲の世界投資見聞録 2016年1月29日

極右もみんなリベラルになった社会で
「保守派」の役割を考える
[橘玲の世界投資見聞録]

「人権が国家主権を超える」

 ここでは詳述しないが、西欧社会では人種差別や女性差別、子どもへの虐待と同様に、同性愛者への暴力犯罪や動物の虐待も強く嫌悪されるようになった。

 同性愛の道徳性についてはげしい議論が交わされるアメリカですら、国民の大半が「同性愛者にも均等な就職機会をもたせるべき」と考えている。こうした寛容さは若い世代ほど顕著で、10代や20代の若者は相手が同性愛か異性愛かをほとんど気にしなくなっている。

 また科学の領域でも、「ヒト以外の動物にはどんな実験をしてもかまわない」という常識が崩れ、ほとんどの科学者が実験動物も痛みを感じると考えるようになった。1970年代から始まった「動物の権利」運動は、狩猟(ハンティング)や捕鯨を文化として容認せず、肉食を忌避するベジタリアンを流行の最先端に押し上げた(ただし肉の誘惑を絶つのは難しく、本物のベジタリアンはアメリカの人口の3%程度しかいない)。

 こうした「権利革命」の潮流は、近代の啓蒙主義と、そこから発展した人道主義、自由主義(リベラリズム)を源流とする。とりわけヨーロッパでは、第二次世界大戦のホロコーストの衝撃と、冷戦期に核の恐怖にさらされたことが「人権」を強く意識させ、凄惨なユーゴスラヴィア内戦を目の当たりにしたことで「人権が国家主権を超える」という新しい国際常識が生まれた。

 この「拡張された人権概念」は西欧からアメリカのブルーステート(北部)、レッドステート(南部)、カナダやオーストラリアなど英語圏の移民国家(アングロスフィア)を経由して、ラテンアメリカやアジアの民主国家、さらには中国のような独裁制の強い社会に広まり、最後にはアフリカやイスラームの大部分へと波及している、というのがピンカーの“歴史観”だ。

 専門家を含むほとんどのひとが、ニクソン、レーガン以降の40年間、アメリカはどんどん“右傾化”していると考えているが、人種間結婚や女性の権利獲得、同性愛の許容、子どもへの処罰、動物の扱いなど、権利革命のさまざまな成果を見るかぎり、「今日の保守層はかつてのリベラル層よりずっとリベラルになっている」ことは間違いない。先進国では、いまや誰もがリベラルなのだ。

 こうした大変化の原因はさまざま考えられるが、そのなかからもっとも重要なものを挙げろといわれたら、それはテクノロジーだとピンカーはいう。ラジオ、テレビ、映画、電話、インターネット、スマートフォンといった「電子革命」が知識を拡散し、「新しい平和」と「長い平和」をもたらした。情報ネットワークが世界大に張り巡らされた国際社会(コスモポリタン)では、ひとびとは肌の色や国籍、民族、宗教が異なるだけでは、相手を「絶滅すべき敵」と感じることができなくなったのだ。

 それでは、この「リベラルな社会」のなかで保守派の役割とはどういうものだろうか。

 「あらゆる暴力を根絶する」という世界史的変化=リベラルの大潮流はあちこちで行き過ぎや混乱を引き起こしている。ピンカーはその典型として、「子どもの安全」を挙げている。

 40年前、アメリカの子どもの3分の2は徒歩か自転車で通学していたが、いまではそれが10%に減り、子どもは車で送り迎えされ、携帯電話で常に居所を把握され、自由に外遊びすることも許されず、母親の決めた遊びの約束(Play Date)にしたがって友だちに会うようになった。2008年には、9歳の息子に一人でニューヨークの地下鉄に乗って帰宅することを許した女性ジャーナリストが、その体験を新聞コラムに書いたことで「アメリカ最悪の母親」とバッシングされる騒ぎまで起きた。

 子どもの安全の絶対化は、どのような事態を招いたのか。ピンカーは次のように書く。

 「子どもを学校に送っていく途中の親の車にひかれる子どもの数は、それ以外の交通事故にあう子どもの二倍以上にのぼっている。したがって、子どもを誘拐犯に殺されないようにするために車で学校に送っていく親が多ければ多いほど、多くの子どもが死ぬのである」

 ちなみに、子どもが行方不明になった事件のほとんどは家出したティーンエイジャーや、親権の裁定に納得していない離婚した親に連れ去られたケースで、他人による誘拐の年間件数は1990年代の200~300件から今日では100件前後まで減っている。アメリカの児童を5000万人とすると年間殺人率は100万分の1で、そのリスクは溺死の約20分の1、交通事故死の約40分の1だ。

 過去2世紀にわたる「権利革命」は、歴史的にみて非常に大きな道徳性の向上を達成した。だがその価値を無限に高めようとする直近20年の運動は、いずれ馬鹿らしさに行き着くしかないようなものだとピンカーはいう。

 このことは、EU(ヨーロッパ)の「拡張された人権」にも当てはまる。「(リベラル化した)保守」の役割が、権利革命の暴走を矯正し、正しい道に戻すことにあるのだとすれば、現在、ヨーロッパで起きていることを別の視点で眺めることができるだろう。

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊は、『「読まなくてもいい本」の読書案内』(筑摩書房刊)●橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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