ドルの問題は、コインの裏から見れば、人民元の問題でもある。その歪な為替政策は、米中貿易不均衡を促すだけでなく、中国経済の難着陸問題と絡み世界連鎖不況リスクをあおる恐れすらある。(*「週刊ダイヤモンド」2008年4月19日号・特集「為替がわかれば経済がわかる」より再掲載。文中の登場人物の肩書きは当時のままです)

 米財務省幹部の言葉を借りれば、それは「心憎い演出だった」。

 ポールソン米財務長官の訪中を目前に控えた2008年3月下旬、中国人民元の対ドル為替レートは突如、上げ足を速めた。

 人民元は、中国人民銀行(中央銀行)が毎朝、取引基準となる「中間値」を発表し、そこから上下0.5%の変動が許されているが、その中間値に基づく相場の上昇率が3月26日からのわずか3日間でその前の2週間分を凌ぐ勢いを見せたのだ。

 ポールソン訪中当日の4月2日には、その時点で過去最高値の1ドル7.014元にまで上昇。6元台も目前に迫った。3月上旬から半ばにかけて開催された全国人民代表大会(全人代。中国の国会)のあいだは例年どおり値動きが限られていたことを考えれば、人為的な為替操作の存在は明白だった。

 中国側の狙いはおそらく二つあったろう。一つは、米財務省幹部も感じていたとおり、ポールソン訪中を狙った、人民元改革のアピールである。

 中国が、対中貿易赤字の是正を目指す米国からの人民元切り上げ要求を受けて、長年続けてきたドル連動の固定相場を捨て、バスケット通貨方式の管理型変動相場制に移ったのが2005年7月のこと。以来、漸進的に中間値を押し上げ、変動幅も拡大させてきたが、米国側には「それでも不十分」との思いが強い。

 06年12月にはブッシュ政権の中国に対する「太陽政策」の一環としてポールソン長官の主導で米中戦略経済対話が始まったが、都合3回開かれたその対話の席上でも、繰り返し人民元切り上げは重要課題として米国側からぶつけられてきた。その張本人が6月に予定されている次の経済対話の地ならしのために訪中したのだ。高値誘導は、改革のアピールどころか、口出し無用のメッセージであったのかもしれない。