橘玲の世界投資見聞録 2016年2月18日

経済成長が進むインドで
今も変わらない身分差別(カースト)の弊害
[橘玲の世界投資見聞録]

 それに加えてインドには特有の問題もある。

 下は南インドの大都市ベンガルール(旧バンガロール)の中心部MGロードで、東京でいえば青山通りのようなところだが、歩道はゴミだらけだ。なぜこんなことになってしまうのだろう。

 その理由はホテルのプールサイドにいたときにわかった。テーブルの上に飲み残しのペットボトルが置いてあったのだが、従業員はそれをつかむといきなりフェンスの外に投げ捨てたのだ。

 びっくりして見ていると、どこからかひとが現われ、そのペットボトルを拾っていった。インドにはゴミ拾いで生活するひとたち(スカベンジャー)がたくさんいる。路上にゴミを捨てるのは、彼らへの喜捨の意味もあるのだろう。

ベンガルールの“青山通り”MGロード          (Photo:©Alt Invest Com)

 

カーストによる身分差別の功罪

 ヒンドゥー教にはバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラのカースト(ヴァルナ)があり、その外側に不可触民(アウトカースト)がいることはよく知られている。

 だがヒンドゥーの階層構造はさらに複雑で、それぞれのカーストはジャーティと呼ばれる職能集団に細分化されていて、この分類は2000を超えるとされる。ジャーティは血縁と地縁によって決められ、親が「壷つくり」のジャーティなら子どもも壷つくりで、その一族が暮らすのは壷つくりの村だ。

 カーストは浄と不浄の体系で、不浄な人間が触れた食べ物は穢れているし、穢れたものに触れると不浄になるとされる。このためインドのレストランでは、水や食べ物を運ぶウエイターと汚れた食器を下げる清掃係が厳密に分けられている。なかには、皿を提げる係とゴミを片付ける係が別の店もあった。1人でできる仕事(注文を取り、食事を運び、食べ終わった皿を片付け、テーブルを整える)に何人も必要なのは効率が悪いし、収入も増えないだろう(今回は南インドとスリランカを回ったのだが、仏教国でカーストは関係ないはずのスリランカでも食のタブーに関してはインドとほぼ同じだった)。

 だがこの効率の悪さには社会的な効用がある。カーストとジャーティによって「できること」と「できないこと」が厳密に決められていると、ひとつの仕事を複数で分け合うしかない。これは、多くのひとがなんとか生きていけるだけの仕事にありつける、ということでもある。逆にいえば、効率のいい働き方は膨大な失業者を生み出し、社会を不安定化させるのだ。

 子どもが親の仕事を継ぐジャーティは、この非効率な配分システムを地域社会に拡張したものだ。これによって競争が排除され、すべてのひとは生まれながらの仕事でなんとか暮らしていけるようになる。当然、社会は停滞するだろうが、生きていけなくなるよりはマシなのだ。

 カーストによるきびしい身分差別はインド社会の発展を阻む桎梏だ。独立後のインドは差別とのたたかいの歴史でもあったが、残念なことに現在でもカーストはインド社会に深く根を下ろしている。不可触民に生まれたひとがイスラームや仏教に改宗しても、カーストから逃れることはできない。ヒンドゥーから見て、イスラームや仏教が不浄の指標になるだけだからだ。

 それと同時に今回気づいたのは、サービス業に女性の姿がないことだ。一般の店はもちろん、高級ホテルや大型ショッピングセンターのレストランでも働いているのは男性ばかりで、ウエイトレスはいない。これはヒンドゥー教が女性を不浄としているためで、女性がつくったものや、女性が運んだものを食べることを客が嫌うのだ。このタブーは、労働市場から女性を排除し、男性だけで仕事を分配するための方便でもあるのだろう。

高級レストランでも働いているのは男性ばかり    (Photo:©Alt Invest Com)

 

 インドは世界最大の民主国家であり、憲法では身分差別も性差別も明確に禁じられている。だがこの原則はごく一部にしか適用されない。

 今回の旅では国内線の飛行機に3回乗ったが、そのうちの2回は副操縦士が女性だった。高級ホテルのレストランでスタッフたちが打ち合わせをしていたときも、それを仕切っているのは女性のマネージャーだった。このように高学歴の職業では、日本以上に実力主義が徹底されている。

 だがそれ以外ではほとんどの仕事が男性に独占されていて、インドの女性はファストフード店でアルバイトすることもできない。こうした制度は女性を家庭に監禁し、出産と子育てに専念させるためのものでもあるのだろう。

 インドではまず、女性を「不浄の者」として食べ物を扱うサービス業などから排除する。次にカーストとジャーティによって社会を細分化することで、膨大な人口がなんとか生きていけるようにしているのだ。これはきわめて理不尽な社会だが、この「性差別」と「身分差別」によって競争が緩和され、社会が(相対的に)安定して、言語も文化も宗教も異なる12億人の国民によるデモクラシーが可能なるという面もあるのだろう。

 インドと対照的なのは、同じ人口大国である中国だ。

 よく知れているように、中国は皇帝とその家族を唯一の特権層とし、血縁による貴族制度を廃し、科挙に受かれば誰でも高級官僚に取り立てられる“進歩的”な行政制度を早くも10世紀の宋の時代に完成させた。もちろん中国にも少数民族への差別や深刻な地域格差があるが、インドに比べればはるかに平等で世俗的な社会であることは間違いない(中国では共働きが当然で、女性の管理職も多いから、女性の地位は日本より高いかもしれない)。

 しかしその中国は歴史上いちども民主政を導入できず、いまも中国共産党の独裁がつづいている。民主政のもとでの身分差別(インド)と、平等な社会における独裁(中国)は、多様で膨大な国民を抱える国家のトレードオフではないかと今回思った。

インドの街の至るところでヒンドゥーの神に祈るひとたちを見かける                                  (Photo:©Alt Invest Com)

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊は、『「読まなくてもいい本」の読書案内』(筑摩書房刊)●橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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