独身男性が仕事で成功すると羨ましがられるのに、独身女性は仕事で成功しても羨ましがられないどころか、見下される……。そんな感情を抱く相談者に対して、楠木氏の仕事論が炸裂します。書籍『好きなようにしてください』の一部を紹介する連載、最終回。
システム会社勤務(36歳・女性)
「特殊読書」の悦び
ちょっと回り道から入ります。極私的な趣味の話ですが、僕は「イヤな気分」になることが嫌いではありません。むしろ、わりとスキ。いや、時と場合によっては大スキといっても過言ではありません。
たとえば読書。本には面白いものとつまらないものがあります。当然、面白いものは読みたいし、つまらないものなら読みたくない。ところが、僕にとってはそれとは別に「イヤなもの」というカテゴリーがあって、それは結構読みたい。私的専門用語で「特殊読書」と言っています。
たとえば、石原慎太郎の『わが人生の時の人々』。良し悪しでなく個人的な好き嫌いなのではありますが、僕にとっては最悪の意味で最高です。俺様系自慢話のオンパレード。実にイイ感じでイヤな気分になれます。ちょっとイヤな気分に浸りたい時など、繰り返し読むのに最適な一冊として僕の本棚の特殊読書コーナーに鎮座しています。
いまは好むと好まざるとにかかわらずインターネットでいろいろなニュースや記事に触れるわけですが、時々すごくイヤな気分になる記事と出くわすことがあります。これがわりと嬉しい。
この捻じ曲がったヘンな感情はどういうことなのかな、と自分でも時々不思議になるのですが、ある人から「イヤになるというのは、どこかにひっかかりがあるからだよ。自分の興味関心の奥底に触れる何かがあるから、読んでいて面白いんじゃないの」と言われたことがあります。
なるほど、と思いました。イヤな気分になるということは、どこかで自分に深く関わっている。まったく何も関心がなく、自分と考え方が違うだけなら、イヤになる以前に、ただの「つまらないもの」としてスルーされるという成り行きです。
石原慎太郎の著作にしても、回想録やご自身の主張が書かれたものはいつ読んでも心の底からイヤなのですが、若い頃に書かれた小説はわりと、というかかなり、というかありていに言って大スキなんですね、これが。『太陽の季節』や『狂った果実』『殺人教室』といった文学系のもイイのですが、エンターテイメント長編の『夜を探せ』とか『青春とはなんだ』、ミッド昭和の香りがぷんぷんするこの系統の作品は、実に面白くてスカッとする小説でして、中学生の頃はトリップに次ぐトリップの勢いで読んでいました。そう考えると、「自分の中の石原慎太郎」というものが確かにあるわけで、ちょっと寒い気持ちがするのがまたオツなものです。