何でも自分でコントロールしようとするジョブズの性格が災いし、自分の美的感覚に合わない第三者のアプリケーションソフトを排除したのだ。その結果、マッキントッシュは完成度こそ高かったものの、利便性に欠ける製品になってしまった。これに対して、マイクロソフトは美しさなどにはこだわらず、大衆にとっての利便性を追求した。その結果、マイクロソフトの時価総額は飛躍的に増大し、アップルは苦境に追い込まれることになったのだ。

「すべて自前開発」を捨てることに
ジョブズ自身は抵抗を示した

 ところが、iPod以降、アップルは戦い方を変えた。何でも自前でまかなおうとするのをやめ、第三者のつくったコンテンツやアプリを流通させるためのプラットフォームとして自社を位置づけなおしたのだ。もちろん、革新的製品に関しては妥協がなく、垂直統合型のモデルを維持している。しかし、コンテンツやアプリに関しては、むしろ水平型のビジネスモデルに転換し、積極的に他社の製品を品揃えするようになった。こうした垂直型と水平型の折衷型ビジネスモデルにより、アーリーアダプターだけでなく、利便性を重視するフォロワーも惹きつけることが可能になったのだ。

 この、第三者のコンテンツやアプリを流通させる業界プラットフォームを確立したことが、結果的にアップルの成功要因になった。仮にコンテンツやアプリを全部自前で開発しようとすると、膨大な開発コストとリスクを抱え込むことになる。アップルはそこを切り離すことで、コストやリスクを抱えずに、品揃えを拡充できたのである。

 ただし、一見リーズナブルに見えることでも、ジョブズにとってそれは容易に受け入れられることではなかった。ジョブズは最後まで他社製品をアップルファンに使わせることに抵抗を示したといわれる。「こんなクズをアップルの最高の製品にダウンロードするなど許せない」というわけだ。

 真の成功要因とは、他社が簡単には真似できないことや、やりたがらないことであるといわれるが、ジョブズ自身がやりたがらなかったことが成功要因になったとは、なんとも皮肉な話である。

 ジョブズは人間性と技術の交差点、あるいは人文科学と自然科学の交差点に立っていたといっていいだろう。ある角度からはエンジニアに見え、別の角度からはアーティストに見える人物だ。

 こうした存在であることが、技術を使い手の視点から観察し、グラフィック・ユーザー・インターフェース(GUI)やタッチパネルのクリエイティブな使い方を発見することにつながったのだ。残念ながら生みの親であるゼロックスのエンジニア達には、GUIのポテンシャルが見えなかったのである。

 また、ある角度から見ると垂直統合型に見え、別の角度からは水平型プラットフォームに見えるアップルのビジネスモデルも、両義性をもったジョブズの存在があってこそ生まれてきたものであろう。物事をひとつの方向からしか見ない人には、今が見えるだけで、未来の可能性は見えてこない。同じ事業に関して、異なるいくつかのモノの見方が存在しうると考える人だけが、未来を自ら創りあげることができるのだ。