「ああゆう所はいろんな人が来ているんだ。身体も頭も若い時と違ってなかなか思うようにいかない。ぼけはじめてしまった人もいるよ。でもずっと家にいることもできないから、お互いを気遣い穏やかにやっているんだよ。

 昨日はいつも仕切っている婆さんが、歌の時間に隣の人に文句を言いだした。『一緒に歌え、なぜ歌わないのだ』と大声でなじる。俺が見兼ねて『その方はあまり声が出ないから歌わないのではなくて、歌えないのだ』と、言ったらその婆さんの怒りの矛先がこっちにむかった。言い返すのも面倒なので婆さんの小言を1時間も聞いたよ。

 でも帰りのバスで思った。もうここには来ないだろう。家が一番いいし、落ち着くんだよ」

 父親は周りに迷惑をかけたくないと、今まで気を遣いながらずっと過ごしてきたのだろう。それを思うと心が痛んだ。

父親の在宅介護スタート
介護疲れから不眠症に

 足は悪いが、幸いトイレには行ける。しかし坂の多いこの町で買物などの外出は難しい。家で過ごしたいという気持ちを尊重したい。

 Oさんはまず、ケアマネージャーに相談して普段の洗濯や掃除は訪問介護サービスを使い、食事は宅配弁当を手配することにした。1週間滞在して父親の世話をしたり、役所へ手続きに出かけた。

 そして三食食事の支度をすること、在宅介護がいかに大変かを知った。子供のときは母親が、結婚をしている間は元妻が食事を用意してくれており、そして1人暮らしの今はほとんど外食をしていたので食事の支度など人生でしたことがない。米を炊くのも、味噌汁のだしのとり方も知らなければ卵も焼けない。結局、父親にスーパーで買った出来合いの惣菜を出すだけになった。情けなかった。

 父親を風呂に入れるのも苦労した。シャンプーが意外に難しく、いつも汗だくになった。1週間を過ぎて東京に帰る頃には、心底疲労して、立ち上がれないほどだった。帰りの車を運転しながら、これからのことを思うと途方にくれた。