ふと気がつけば、一時は連日のように報道されていた足利事件関係のニュースや記事を、テレビや新聞で目にすることはほとんどなくなった。

 ある意味で当然だ。今年3月の再審判決公判で、菅家さんの無罪は確定し、栃木県警や国家公安委員長、検察の一部は謝罪の意を表明した。

 つまり冤罪であったことが証明された。

 ただし(真犯人は結局見つかっていないことなども含めて)問題はまだ多く残されている。考えるべき課題も少なくない。そのひとつは飯塚事件だ。足利事件発生から2年後である1992年、福岡県飯塚市の女児2人(当時7歳)が登校中に行方不明になり、雑木林で遺体が発見された。犯人として逮捕された久間三千年(当時52歳)は、事件への関与を徹底して否定した。ところが物証もまったくないままにDNA型鑑定だけが根拠となって、2006年に久間の死刑判決が確定した。鑑定のその方式は、足利事件とまったく同じ「MCT118型検査法」だ。

 ならば飯塚事件におけるDNA再鑑定を一刻も早く実施して、この事件の真相を明らかにしなくてはならない。だってあまりにも杜撰な裁判だ。たとえば女児を殺害したその動機について裁判所は「性的欲望を遂げようとした」と判決文で説明しているが、遺体には首を絞められて顔を殴打された跡はあったけれど、性的暴行を受けた形跡などまったくない。

 とにかく再鑑定しなくてはならない。誰だってそう思う。でももう間に合わない。久間三千年死刑囚は、確定から2年後の2008年に福岡拘置所で処刑された。菅家さんの再鑑定が決定する見込みとメディアが報道してから1週間後の処刑だった。意図的だとは思いたくないけれど、確定から2年で処刑は異例なほど早い。もしも(問題になる前に)処刑しようと法務省の誰かが考えたのだとしたら、これほど恐ろしいことはない。

菅家さんの有罪判決を導いた
もう一つの要素

 他にも足利事件から考えるべきこと、学ぶべきことは数多くある。DNA型鑑定と同様に、菅家さんの有罪判決を導いたもう一つの要素は、一審で実施された精神鑑定だ。

 この鑑定において、精神医学会の大御所である福島章上智大学名誉教授は、菅家さんを「代償性小児性愛者である」と断定して証拠採用され、結果として有罪判決を補強する大きな要素になった。

 人は誰もが間違える。もちろん精神鑑定だって同様だ。ならばいったい何をどのように間違えたのか、福島精神科医はこれを自ら検証し、明らかにする義務があるはずだ。それくらいの責任は果たすべきだ。でも冤罪が噂され始めてから現在まで、福島精神科医は(足利事件については)沈黙し続けている。

 足利事件における警察や検察への批判に比べれば、福島鑑定に対するマスメディアからの批判や論考は、首を傾げたくなるくらいに少ない。言及すらほとんど見かけない。まるで聖域になってしまっているかのようだ。