橘玲の日々刻々 2016年4月22日

ソニーはいかにして凋落したのか?
日本企業の「タコツボ化」の考察
[橘玲の日々刻々]

「ハビトゥス」が生まれる背景

 「ハビトゥス」はなぜ生まれるのか。テットはブルデューの人類学の特徴を次の5つにまとめている。

(1) 人間社会はある種の思考パターンや分類システムを生み出す。社会の住人はそれを吸収し、場所、モノ、アイデアを整理する。ひとびとが暮らす物理的・社会的環境が「ハビトゥス」で、そのパターンはわたしたちの頭のなかのメンタルマップや分類システムを反映すると同時に、それを強化する。

(2) こうしたハビトゥスのパターンはエリート層の地位の再生産を助長する。エリート層にとっては現状維持が利益となるため、既存の文化的地図や規範、分類法を強化しようとする。エリート層が権力の座を占めつづけるのは「経済的資本(カネ)」を握っているからだけではなく、「文化的資本(権力とかかわりの深いシグナル)」をも掌握しているからだ。

(3) ハビトゥスはエリート層が意図的につくりだすものではなく、半意識的な本能から生まれ、「意識的思考と無意識的思考の境界上で」機能し、社会的パターンを反映するだけでなく、それを深く浸透させ、自然で必然的なものに思わせる。

(4) 社会のメンタルマップでほんとうに重要なのは、公にかつ明白に語られていることだけでなく、「語られていないこと」である。社会的沈黙は何かを隠蔽しようとする意識的企てによって生じるのではなく、退屈、タブー、自明、あるいは非礼であるため無視するのが当然と見なされるのだ。「イデオロギーによる影響の最も強力なかたちは、一切言葉を必要としない、共謀的沈黙によるものだ」とブルデューはいう。

(5) とはいえ、ひとは必ずしも自らが受け継いだメンタルマップにとらわれる必要はない。ひとは盲目的に特定の行動をとるようにプログラムされたロボットではなく、自らが用いるパターンについて、いくらかは選ぶことができる。「社会的地図は強力だが、絶対的ではない。われわれは地理的および社会的影響の産物であるが、盲目的な産物とは限らない。ときには世界を体系化する別の方法を思いつくこともある」のだ。

 

 こうした「ハビトゥス」の定義はどれも興味深いが、それが実際にどのように機能しているのかがわからないと意味がない。そこでテットは、「ハビトゥスによる支配」のひとつの典型としてソニーを取り上げる。

 

「ソニーのたこつぼ」

『サイロ・エフェクト』第1部でテットは、世界金融危機での大手銀行や中央銀行の行動を「ハビトゥス」として説明するのだが、この本が日本で話題になったのはなんといっても「ソニーのたこつぼ」と題された章だろう。ここでは出井伸行社長時代のソニーが、インターネットバブルでの絶頂から急速に失速していく過程が「タコツボ化」の視点で描かれる。

 テットによれば、出井はスイスの食品大手ネスレの社外取締役としての経験から組織をサイロに分割することが正しい経営だと信じた。90年代の最先端の経営学や組織論では、巨大企業は単一の事業体ではなく、独立採算制の個別事業の集合体として経営すべきだとされていたからだ。

 「独立した事業ユニットは透明性や効率性を高め、責任の明確化が図れる」との発想から、ネスレは90年代に組織改変を実施し、各部門(チューインガム、チョコレートなど)を独立採算の個別事業として運営するようにした。各部門の経営陣は利益額、利益率、売上高目標の達成のほか、投資活動の責任を負い、部門別の貸借対照表によってその成否ははっきり示されることになった。これはトレーダーやブローカーへの成果報酬を徹底するウォール街やシティの大手金融機関の方法を製造業に持ち込むものでもあった。

 1994年、ソニーはカンパニー制を導入し、19の事業本部を独立した8つのカンパニーに再編するとともに、ゲーム、音楽、映画、保険事業を子会社化した。

 当初の改革はうまくいったように見えた。93年から97年にかけてソニーの負債は25%減少し、利益は153億円から2020億円へと13倍に拡大した。株価も1994年の2500円から5000円以上に高騰した。

 98年には8つのカンパニーが10に再編され、99年にはさらに3つの主カンパニーの傘下に25のサブカンパニーが再編され、2001年と03年にも事業の再編が行なわれた。

 こうした「改革」は当時、事業の効率化を進めるものとして投資家から歓迎されたが、内部は深刻な病に蝕まれていた。その象徴的な出来事としてテットは、1999年11月に出井が世界最大のコンピュータ見本市「コムデックス」で行なったプレゼンテーションをあげる。

 このとき出井は満員の観客に向けて、「われわれは今も、そして将来もブロードバンド・エンターテインメント・カンパニーです」と宣言し、コンシューマー・エレクトロニクス部門が開発したまったく新しいデジタル音楽プレイヤー「メモリースティック・ウォークマン」を紹介した。会場にいた誰もが、ソニーが満を持して送り出す「インターネット時代に適したデジタル版ウォークマン」の成功を疑わなかった。

 ところがここで奇妙なことが起こる。出井は熱狂する観客に向けて2つめの新製品を披露したのだ。それはVAIOコンピューティング・グループが開発したボールペンほどの大きさのデジタル・オーディオ・プレイヤー「VAIOミュージック・クリップ」で、音楽端末としての機能は「メモリースティック・ウォークマン」とほとんど変わらなかった。

 さらにソニーは、3つめのデジタル音楽プレイヤー「ネットワーク・ウォークマン」を発表することになる。じつはソニーでは、タコツボ(サイロ)と化したカンパニーが、アイデアを交換することも、共通の戦略を見出すこともなく、互換性のないデジタル音楽プレイヤーを開発していたのだ。

 さらに問題なのは、膨大な音楽コンテンツを保有するソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)が、デジタル音楽の台頭を恐れるあまり他の事業部門との協力を拒絶していたことだ。こうしてソニーは、デジタル音楽コンテンツの分野においてスティーブ・ジョブス率いるアップルに決定的な敗北を喫することになる。

 ソニーの株価は2000年に1万6300円の最高値をつけたものの、2001年にインターネットバブルがはじけると5000円近くまで落ち込んだ。その間、アップルの株価は5倍になり、さらに屈辱的なことにサムスンの株価は50%上昇した。04年、出井が退任を決めると新たなCEOに選ばれたのは、社内の誰もが予想しなかったハワード・ストリンガーだった。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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