橘玲の日々刻々 2016年4月22日

ソニーはいかにして凋落したのか?
日本企業の「タコツボ化」の考察
[橘玲の日々刻々]

35個のソニー製品に35個の充電器

 ストリンガーはイギリス、ウェールズで空軍パイロットの息子として生まれ、アメリカに渡ってCBSラジオで脚本家としてキャリアをスタートするが、アメリカ国籍を取得したため徴兵されてベトナムで兵役につき、ふたたびCBSに戻ったあとはテレビプロデューサー兼ジャーナリストとして働いた。下っ端から20年かけてCBSグループのトップの座についたストリンガーは、1997年からソニー・アメリカのメディア事業を率いていた。

 ソニーの取締役会がストリンガーに白羽の矢を立てたのは、旧態依然とした日本型組織の典型だった日産をよみがえらせたカルロス・ゴーンを見て、「日本人には日本の組織は改革できない」と考えたからだ。日本語を話せず、在職期間も短く、製造業のことはなにひとつ知らないストリンガーを選んだのは、日本人の誰がトップになっても他のカンパニーが納得しなかったからでもある。

 テットの本の最大の特徴は、これまで沈黙を守ってきたストリンガーにソニー時代の経験を語らせたことだろう。

 社長に就任すると、ストリンガーは「サイロ(タコツボ)」を壊すために、18万人の社員のほぼ1割を減らすと同時に、ビジネスモデルの20%削減を発表した。目指すのは、「2つか3つの製品だけで強靭な財務力を持つアップルのような会社」だというから、10年もたたないうちに、出井が理想とした「独立採算制の個別事業の集合体」からまったく逆の組織につくり変えようとしたのだ。

 この改革も、当初はうまくいっているように見えた。だが2007年には早くも赤字に転落し、翌年の世界金融危機と11年の東日本大震災で大きな打撃を受け、巨額の損失を計上することになる。だがこれは、たんなる不運ではなかった。

 ストリンガーは次のように述懐する。

 「私が何か言えば、みな『わかりました』と答えるが、実際には何も起きない。クリントン元大統領のジョークみたいなものだ。リーダーとして1000人以上の上に立ってはいるが、みな死んだように静かで、誰も口ごたえしない」

 指示を出しても、あとになってそれがまったく無視されていたことが発覚するという状況が幾度もくり返された。ストリンガーの挫折の象徴がプレイステーション部門の統合で、本社に移ってほしいという要望が完全に無視されたあと、取締役会の決議によって強引に東京品川の本社に移転させたものの、そのとたんに「機密を守るのに必要」との理由で周囲がガラスの壁で囲われたという。このようにして、「うちには35個のソニー製品があるが、充電器も35個ある。それがすべてを物語っている」と幹部が自嘲する状況に陥った。

 ストリンガーはCEOに就任してまもなく、読書用の電子端末が起爆剤になると考えた。だがストリンガーが電子端末の開発を促すほど、各部門のマネージャーは他分門や出版社との協力に後ろ向きになった。

 「アマゾンが独自の電子書籍端末を発売する2年以上前に、私も同じアイデアを持っていた。社員にやってくれと指示したが、遅れに遅れてなにも起こらなかった。それをアマゾンにやられてしまったんだ」とストリンガーは悔しがる。

 ストリンガーの時代、ソニーの株式時価総額は123位から477位に転落し、それに対して「ライバル」のサムスンは62位から12位に上昇して背中すら見えなくなった。ストリンガーはことあるごとに「サイロを崩せ!」と叫んでいたが、いまでは「あれはうまくいかなかったな」と冗談交じりに回顧している。

「タコツボ化」した日本企業は他にもある

 ソニーの設立趣意書で井深大は「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」を目指すと述べたが、成功と巨大化がもたらしたのは専門性の高いサイロ(タコツボ)の増殖で、各カンパニーは他の部門と斬新なアイデアを共有しなくなり、優秀な社員の他部門への異動を避け、実験的なブレーンストーミングや、すぐに利益を生まない長期投資を手控え、誰もがリスクを取ることに後ろ向きになったとテットは評する。

 もちろん「タコツボ化」するのは日本企業だけではない。「僕らは非ソニー、非マイクロソフト的でありたい。彼らを見て、自分たちはこうはなりたくないというのを確認するんだ」というフェイスブック幹部の言葉をテットは引いているが、創業者がトップにいる会社と歴史のある企業の比較はあまり意味がないだろう。日本でもソフトバンクやユニクロ(ファーストリテイリング)のような創業経営者の会社はタコツボ化せずに事業を拡大させているし、創業期のソニーはいまのグーグルやフェイスブックよりも活気にあふれていたかもしれない。

 しかしそれでも、日本のイノベイティヴなものづくり企業の代表であるソニーの「タコツボ」を見せつけられると、かつての輝きを取り戻すことができるのか一抹の不安を感じるのもたしかだ。「ベトナムですか」や「LGとサムスンですか」のメーカーも同じタコツボのハビトゥスによってあっというまに沈んでいったのだ。

 ソニーのニューヨーク拠点の幹部(明示されていないがおそらくは外国人)はこう語っている。

 「ソニーの文化は徹底した階層主義で、誰もが分をわきまえ、言われたことに従うように教育される。こうした文化では社員は特定の役割を任され、その役になりきる。そうして本当に薄っぺらになるんだ」

 ソニーがこれでは、他の日本企業は推して知るべしだと思うのは杞憂だろうか。大手電機メーカーの会計不祥事につづいて、大手自動車メーカーが燃費を実際よりよく見せる不正を行なっていたことが発覚した。

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)が発売中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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