橘玲の世界投資見聞録 2016年4月28日

フランスで「極右」政党の候補者が
次期大統領有力候補になる理由
[橘玲の世界投資見聞録]

フランスには、伝統主義、共和主義、リベラルの3つの政治勢力がある

 ドイツ軍が敗走し、「共和主義の正統」を自称するドゴールが英雄として凱旋すると、こんどはヴィシー政権が全否定されることになる。それは、ドゴールが「レジスタンス神話」を必要としたからでもあった。

 政治的天才だったドゴールは、第二次世界大戦においてフランスがたんなる敗戦国でしかないという現実を自覚していた。その敗戦国が「戦勝国」になるには、ドゴール率いる自由フランス軍がパリを解放するだけではじゅうぶんではなく、ドイツ占領下でフランス市民が一丸となってナチスに抵抗(レジスタンス)していなければならなかったのだ。

 現実には、占領下のフランス国民は生きるのに精いっぱいで、抵抗運動に参加したのはごく一部にすぎなかった。だが「神話」では、フランス警察や行政機関がユダヤ人弾圧と強制収容所への移送を率先して行なった「負の歴史」は隠蔽され、不都合な悪はすべてナチスとヴィシー政権が負うことになった。この巧みな策略によってドゴールは、敗戦国を見事「戦勝国」に仕立て上げ、国連常任理事国の座を射止めるアクロバットまでやってのけたのだが、“歴史の粉飾”には代償もともなった。ヴィシー政権といっしょに、素朴な保守・伝統主義まで「悪」として葬り去ってしまったのだ。

 「祖国」や「家族」の重視、カトリックの「信仰」、「歴史」への愛着などの心情は戦後のフランス国民のあいだにも根づよく残っていたが、それを公に口にすることは「反共和主義」として憚られた。この抑圧されたナショナリズムが1960年代のアルジェリア戦争を機に噴出し、70年代の移民流入にともなう不安も手伝ってルペンの国民戦線結党に至ったのだ。国民戦線の政治集会でペタン元帥の肖像が掲げられるのは、ヴィシー政権が彼らのなかで、フランスの伝統に回帰しようとした時代として理想化されていることを示している。

 戦後日本は保守政党である自民党がほぼ政権を握ってきた。自民党右派の政治家の主張は、ヴィシー政権の国民革命と瓜二つだ。そう考えれば、フランスで(ヴィシー政権の保守主義を受け継ぐ)国民戦線が3分の1の支持を集めるのは驚くにあたらない。逆に不思議なのは、保守・伝統主義の政党が「極右」として排斥されてきたフランスの戦後政治の方だろう。

 日本もそうだが、現代社会では伝統を守ろうとする保守派と、人権など近代的な価値を重視するリベラルが対立する。ところがフランスには、カトリックとフランス革命という2つの異なる「伝統」がある。その結果、政治勢力が国民戦線(伝統主義)、共和党(共和主義)、社会党(リベラル)に分かれることになった。これが私たちから見て、フランスの政治がわかりにくい理由だろう。

 このことは、ドイツの「ネオナチ」など極右団体と比較するとよくわかる。

 ドイツにはゲーテ、カント、ベートーヴェンなどに代表される歴史があり、その栄光ある文化・伝統がオーストリア生まれの「外国人」ヒトラーによって破壊された、というのが戦後ドイツの「正史」だ。保守・伝統派はアンゲラ・メルケルのドイツキリスト教民主同盟など保守政党に包含されており、ハーケンクロイツを掲げるネオナチは「正史」の破壊を目指している。このような構図からは、ドイツの「極右」が保守・伝統派の支持を得て有力政党になる事態は考えられない。

 ところがフランスでは、フランク王国からの長い伝統を「破壊」したフランス革命に基づく共和主義が戦後の正史をつくってきた。だがこれは、保守派にとっては祖国の伝統や文化・宗教を否定する“偽の歴史”以外のなにものでもない。この政治的空白を国民戦線という「極右」政党が補ったからこそ、彼らは党勢を大きく拡張できたのだ。

 これからのフランスはどうなるのだろう。

 マリーヌ・ルペンは反ユダヤ的発言を繰り返す父のジャン=マリーを追放し、国民戦線を「ふつうの保守政党」に脱皮させようとしているが、3つの政治勢力が鼎立するフランスの現状が長期に安定するかはわからない。極右から保守政党に変わった国民戦線が中道に勢力を伸ばして共和党を吸収したり、共和党が伝統主義にシフトして国民戦線の支持者を取り込むようなことが起こっても不思議はないだろう。

 不安なのは、「極右というゲットー」に長く閉じ込められていた国民戦線に、保守政党として政治に参画した経験がほとんどないことだ。このままの勢いでその勢力が増せば移民排斥運動がさらに先鋭化して、それが移民たちの反発を生んでフランス社会の混迷はさらに深まるかもしれない。

ヴィシー時代の映画(4)『黄色い星の子供たち』
ドイツ軍とヴィシー政権が協力してフランス国籍を持つユダヤ人約1万3000人を検挙し、絶滅収容所に送った「ヴェル・ディヴ事件」を描く。この映画を観ると、なぜ戦後フランスがヴィシー時代を隠蔽しなければならなかったかわかるだろう。

 

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)が発売中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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