橘玲の日々刻々 2016年5月20日

「知能や気質は、人種ごとに遺伝的な差異がある」
言ってはいけない残酷すぎる真実
[橘玲の日々刻々]

白人と黒人の知能の違いは、環境か、遺伝か?

 ここまでなら多くの日本人は「当たり前の話だ」と思うかもしれないが、欧米(とりわけアメリカ)では、こうした主張は重大な含意を持つ。白人と黒人の知能の差をめぐる深刻な政治的対立に直結するからだ。

 このきわめてセンシティブな問題については近著『言ってはいけない』(新潮新書)で概略を説明したが、ここではウェイドの文章をそのまま抜粋しよう。

 「IQ論争の両陣営は、遺伝派と環境派と考えてよい。どちらもアメリカでIQ試験をすると、ヨーロッパ系アメリカ人が100となり(これは定義でそうなる――彼らのIQ試験の得点は100に正規化される)、アジア系アメリカ人は105、アフリカ系アメリカ人は85から90となる。アフリカ系アメリカ人はヨーロッパ系の得点より目に見えて低い(15点、あるいは1標準偏差分だ、と遺伝派は指摘する。いやたった10点だ、と環境派は言う)。ここまではどちらも合意する。論争は、ヨーロッパ系とアフリカ系の得点差の解釈で生じる。遺伝派は、得点差の半分は環境要因によるもので、半分は遺伝によるものだと主張する。ときにはこの比率が、環境2割、遺伝8割とされることもある。環境派は、この差のすべてが環境的な疎外要因によるもので、それが解消されればこの差は最終的になくなると主張する」

 この論争は、じつは科学的にはほぼ決着がついている。一卵性双生児や二卵性双生児の比較から遺伝の影響を調べる行動遺伝学では、認知能力のうちIQに相当する一般知能の77%、論理的推論能力の68%が遺伝によって説明でき、環境の影響が大きいのは(親が子どもに言葉を教える)言語性知能(遺伝率14%)だけだとわかっているのだ(安藤寿康『遺伝マインド』有斐閣)。

 白人と黒人の知能の格差(ウェイドがいうようにこれは“事実”で、リベラル派にも異論はない)が異なる進化の結果だということになると、黒人の経済的苦境は過去の奴隷制や人種差別のせいではなく、黒人など少数民族に経済的・社会的援助を行なうアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)の根拠もなくなってしまう。これがアメリカ社会にとってどれほどの衝撃かはいうまでもないだろう。

 それだけではなく、現代の進化論の不穏な主張はさらに「やっかいな」問題を引き起こす。『人類のやっかいな遺産』でウェイドは、「人種と進化の理論」をグローバルに拡張するのだ。

「人種ごとに遺伝的な差異があり、それが知能や気質にも影響している」

 世界には、経済的に発展し政治的にも安定している国(主に欧米諸国)もあれば、経済的に貧しく政治的混乱がつづいている国(主にアフリカや中東諸国)もある。なぜこのようなちがいが生まれたかは、これまで歴史的経緯によって説明されてきた。アフリカは奴隷貿易と帝国主義列強の分割・植民地化によって搾取され、社会の基盤を徹底的に破壊されたために苦しんでいるのだ、というように。

 だがPC的に居心地のいいこの解釈は、1980年代からアジアの経済成長が始まり、2000年以降、それが加速して中国が世界2位の経済大国になるに至って大きく揺らぎはじめた。

 「4匹の龍」と呼ばれたアジアの新興国のうち韓国と台湾は日本の旧植民地、香港とシンガポールはイギリスの旧植民地で、中国はアフリカ同様、欧米列強と日本による侵略に苦しんだ。東南アジアでも、イスラームを国教とするマレーシアや、世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシア、アメリカとの戦争で国土が荒廃したベトナム、ポルポトの大虐殺という現代史の悲劇を経験したカンボジアが次々と経済発展にテイクオフし、軍事独裁国家の“秘境”ミャンマーまでが民主化を達成し、いまや空前の不動産バブルに湧いている。

 アフリカにもボツワナのように政治的・経済的に安定した国はあるものの、この20年のアジアの変貌と比べればその差は目もくらむほど大きい。だとしたら、アジアとアフリカを分かつものはなんなのか?

 この問いに対してジャレド・ダイアモンドは世界的ベストセラーとなった『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫)で、「横に長いユーラシア大陸と、縦に長いアフリカ大陸、南北アメリカ大陸の地理的なちがい」というエレガントな説を提示した。農業は人類史を画する革命だが、このイノベーションは同程度の緯度の地域にしか広まらない。アフリカ南部でもヨーロッパと同じ農業を営む条件は揃っているが、知識や技術はサハラ砂漠や熱帯のジャングルを越えることができなかったのだ。

 だがウェイドは、これはものごとの半分しか説明していない批判する。

 大陸ごとに知識・技術の伝播のちがいが生じるのはそのとおりだが、これは地形が人の移動を制限するからだ。ダイヤモンドは「人種などというものは存在しない」と断言するが、皮肉なことに、彼の理論は「孤立した集団が異なる進化を遂げた」という現代の進化論を補強しているのだ。

 アメリカの歴史学者ニーアル・ファーガソンは『文明: 西洋が覇権をとれた6つの真因』(勁草書房)などで、東洋の専制政治に対して西洋は分散化した政治生活とオープンな社会を生み出し、そこから所有権や法の支配、科学や医学の進歩など数々のイノベーションが生まれたと説く。

 アメリカの経済学者ダロン・アセモグルとジェイムズ.A.ロビンソンも『国家はなぜ衰退するのか』(早川書房)で、「経済発展できるかどうかは制度によって決まる」と述べている。

 韓国と北朝鮮は人種的には同一で、文化や歴史もほとんど変わらないが、いまや一方は先進国の仲間入りをし、もう一方は世界の最貧国だ。なぜこのような大きな差がついたかは、歴史的な偶然(民族分断の悲劇)によって異なる制度を持つようになったことからしか説明できない――これもまたきわめて説得力のある論理だ。だが問題は、こうしたケース(旧西ドイツと旧東ドイツも同じ)を地球全体にそのまま拡張できるのか、ということにある。

 ウェイドは、政治的成熟や経済発展に制度が重要だとしても、朝鮮半島のように異なる制度に分かれた経緯が明快に説明できるのは稀有なケースで、ほとんどの場合、なぜある国が経済発展に有利な制度を持ち、別の国が不利な制度を持つようになったかはわからないままだと批判する。

 「西洋はたまたま産業革命を達成し、中国はたまたま停滞し、アフリカはたまたま取り残された」というだけでは、なんの説明にもなっていない。だが遺伝と文化が共進化すると考えるなら、ヨーロッパ、アジア、アフリカで異なる文明や社会が生まれた理由を、より根源的に解き明かすことができるだろう。

 「人種ごとに遺伝的な差異があり、それが知能や気質にも影響している」という現代の進化論の知見を拡張していくなら、ここまでは論理的必然だ。同様の主張を婉曲に述べる論者はこれまでもいたから、ウェイドの“功績”はPC的な制約を乗り越えて、「人種と進化」をはじめて堂々と口にしたことにあるのだろう。


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